52 / 55
52 認めてもらう
「あれはね、ただ拗ねてるだけだと思うよ?」
突然言われ、何のことかと首を傾げる。伊吹はそんな俺にお構いなしに自分の分の飲み物を作るとそれを口にし話を続けた。
「理玖……運命、なんだろ? 君、かなり嫌われちゃってるみたいだけど」
「………… 」
自分でも正直言って自信がなくなっていたのもあったから、関係のない伊吹に「運命」だと言われて嬉しかった。
「理玖もわかってるよ。翔君が自分の運命の相手だって」
「……なら何で?」
「はは、そんなの自分で考えなよ。普通は出会ったら自然と惹き寄せられるんだろ? あの拒否反応は異常だよ? 余程の事があったんだろ」
「………… 」
少し馬鹿にしたような目でそう言って笑い、伊吹はまたグラスに口をつける。俺は心当たりがあり過ぎて言葉が出なかった。きっとあの時、初めて会った時に俺は大きな過ちを犯してしまったんだ。
「だからさ、最初に言ったじゃん。拗ねてるだけだよ」
「何それ、可愛い……」
自信がなかった俺に、伊吹は理玖が俺の運命の番なのだと言ってくれ、嫌われていると思っていた俺に対して「拗ねてるだけ」と笑って話す。俺は伊吹が理解してくれているのだとばかり思い、そのまま思ったことを口にした。拗ねてるなんてそんな可愛いことあるのかよ、と気持ちが上がった。でもその後発せられた伊吹の言葉に、一瞬でも浮かれた自分を殴りたくなった。
「だからヤケになって俺なんかに「抱いて」なんて言っちゃうんだよな」
──耳を疑う。相変わらず伊吹の表情は笑顔のままだ。
「は? どういう事?」
「言葉の通りだよ? ヤケになった理玖を俺が慰めてやっただけだ」
試すような視線に全身がカッとなった。伊吹が言った言葉をゆっくりと頭の中で繰り返す。言葉の通り? なら伊吹が理玖を抱いたというのか? 「慰めてやった」というのは、そういうことなのか?
俺の「番」にこの目の前のαが手を出しただと?
「まさか……抱いたのか?」
「そう言ってる」
「はっ? ふざけんなっ!」
見下したような、馬鹿にしたような半笑いで伊吹が答えると同時に、俺は体が動いていた──
「ちょっと? 翔! 何やってんの? は? 落ち着けって!」
カッとなって咄嗟に伊吹の胸ぐらを捕らえ、殴りかかろうとする寸前で急に現れた実治に体を押さえられ椅子に戻された。
「店長も! 何? 何なの? 喧嘩イヤだし!」
慌てふためく実治をよそに、伊吹は声を上げて笑っている。俺は怒りの熱がどうしたっておさまらず、俺を引っ張る実治の手を振りほどこうとみっともなくジタバタと体を捩った。
「ふざけんなっ! 勝手なことしてんなよ!」
「……自業自得だろ? それに理玖はちゃんと自分で気付けたんだ。最近は彼とまともに会話できてただろ?」
興奮がさめやらない俺の頭を伊吹はポンと叩く。じっと見据えてくる瞳は、俺とは対照的に優しさに満ちていた。
「ちゃんと理玖の気持ちを汲んでやってね。そして認めてもらいな」
自分の不甲斐なさに心底嫌になってくる。伊吹にこっそりと手渡された紙には理玖の住所が書かれてあった。
ともだちにシェアしよう!