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53 突然の来訪者/理玖の休日
今日は仕事も休みで殆ど一日部屋にいて、掃除をしたり買い物に出たりしながら俺はのんびりと過ごした。
夜の仕事をしているとどうしても起床時間も遅くずれ込む。以前の自分なら、目が覚めたらもう夕方……なんて事がざらだった。今は出来る限りメリハリのある生活を心がけ、自分の体調管理に気をつかうようにしていた。俺が休みの日は伊吹が仕事上がりに顔を出す事が多い。今日もそれを見込んで朝食に使う食材も買い足していた。
あの時には想像もつかなかった今の生活に自分でも驚く。伊吹と出会ってなかったら、俺はあのまま体も壊しどうなっていたかわからなかった。俺は自分が食べる夕食の支度をしながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
来客を知らせる呼び鈴が鳴る。でもこの家に伊吹以外の誰かが来るなんてことは滅多にない。時計を確認しても伊吹が来る時間でもないし、そもそも伊吹なら合鍵を使って勝手に入ってくるだろう。こんな時間に来るのはせいぜいセールスの類いだろうと思い無視をした。ドアの向こうの人物は諦めたのか、それ以上呼び鈴を鳴らす事なく立ち去ったようで静かになった。
それからどれくらい経っただろう。俺は作っていた野菜スープに使うコンソメを切らしていることに気がついて、慌ててそれを買いに行こうと支度をし玄関を出た。そこで突然現れた目の前に立つ人物に、声を上げてしまうほど驚かされた。
「えっ!……何? なんでここにいるの?」
玄関ドアの前に突っ立っていたのは翔だった。
「あ、ごめん。思わず来たはいいけど……どうしていいのかわからなくなった」
「もしかしてさっきの、翔?」
あの時の呼び鈴。それが翔なら一体どれだけの時間こんなんところで突っ立っていたのだろう。「うん」と頷く翔を見て溜息が漏れる。
「だからってここにずっといたのかよ? わからなくなったってんならさっさと帰れよ」
「いや……理玖に会いかったから」
この時間は同じアパートの住人達の帰宅時間も近く、人の出入りがある。こんなところにじっと留まられても迷惑なだけだった。帰る様子もないからしょうがなく俺は翔を家にあげることにした。
「ごめんな、急に……」
「てかなんでここがわかったんだよ。ストーカー?」
「いや、伊吹さんが教えてくれた」
「………… 」
翔が伊吹に聞いたのか、伊吹から翔に教えたのか……そんなことはどうでもよかった。どっちにしろ伊吹の意図を感じ俺は黙ってそれを受け入れるしかないと悟る。でも翔と対峙して何を言われるのか怖かった。
「なんか良い匂いする」
「……飯作ってる途中だったから」
俺の緊張をよそに翔は遠慮無くキッチンまでくると、鍋の中を覗き込み嬉しそうに大きく匂いを吸い込んだ。
「食べてく?」
「え? いいの? 一緒に?」
「……そんな食べたそうな顔して」
思わず笑みが溢れた。嫌いなはずなのに、やっぱり心のどこかで翔の側にいる事に喜びを感じてしまう。翔は何のつもりでここに来たのだろう。とりあえずコンソメは必要だったから、二人でコンビニに行き買い物を済ませた──
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