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54 好きじゃなくてもいいから
「なんか変な感じ……ほんとごめんね。突然来ちゃって……て、凄い美味いなこれ」
「ほんとだよ。何で翔なんかと飯食ってんだよ俺」
いつもなら伊吹が座る場所に翔が座り、俺の作った料理を食べている。本当に不思議な感覚だった。嬉しそうに俺の作った飯を頬張る翔を見て、実治にも同じようにこんな笑顔を見せるのかと思ったら切なくなった。
翔が本当に俺の「運命」なのだとしたら……と想像した。でも俺ばかりそう思っていたところで実際のところはそうではないのだから、そんなことを考えるのはよそうと、やっぱり俺は首を振る。「運命の番」に夢見ていた自分が情けなく思う。ひと目見てわかるはずのそれなのだから、本来ならこんなに不安になることもない。確信の持てないことに夢見ることは、結局自分が傷付いて終わるのだとちゃんとわかっている。だから俺は認めない……認めたくなかったんだ。
「ねえ、ほんと何しに来たの?」
「……ご馳走さま」
翔は俺の問いには答えずに、食べ終えた食器を手にキッチンへ歩く。そのまま見ていると勝手に洗い物をし始めるから、俺はそれを黙って見つめた。
「理玖もわかってたんだろ?」
振り返る翔はそう言って俺に近付く。「運命の……」そう言いかけた翔の言葉を俺は慌てて遮った。
「いや、俺は全然わからないから。信じないから!」
怖かった。運命なんて言って、この先すぐに裏切られるかもしれないのに……出会った時だってお互い何も感じなかったのに、今更「運命」なんて信じる事ができなかった。胸が苦しくて、悲しそうな顔で俺を見る翔から目を逸らす。
「でもあの時、俺が運命だって肌で感じてたからあんなに泣いたり縋ったりしたんじゃないの? 「しないの?」なんて可愛くおねだりしてたじゃん」
記憶が呼び起こされ顔から火が出るほどに恥ずかしかった。羞恥心と共に湧き上がる怒りももう抑える事ができない。
「は? それでお前にガン無視されたけどな! 淫乱Ωのフリして……とまで言われましたけど?」
あの時翔に全否定され、酷く傷付いたことを思い出し辛くなった。きっと翔以外の人間から同じことを言われたところで、さほど気にも留めなかっただろう。翔だったから……翔に否定されたから俺はこんなに傷付いたんだと、ふと思った。
「そうだったよな……ごめん。本当にごめん。わからなかったんだ。まさかΩだったなんて」
「………… 」
「理玖……君は俺の「運命」なんだ。そうだろ?」
気がつけば床にへたり込んでいる俺の手を翔は優しく握っていた。体の奥から熱が込み上げてくるのがわかる。この感情は怒りなのか悲しみなのかわからない。でも目の前の翔を見てもっと俺に触れてほしいとも思ってしまう。
「縋ってなんかない! おねだりなんかしてない! 適当なこと言うな! 俺のことなんか覚えちゃいなかったくせに。調子いいこと言ってんなよ、ムカつく」
まるで駄々をこねてる子供みたいだ。再会したあの時と同じだった。そんな俺に翔は笑って答えてくれる。
「そうだな。気付いてやれなくてごめんな。でもΩの気配を全く消してた理玖も悪い」
翔の手が俺の頬に優しく触れる。いつのまに流れ落ちてた涙がその手を濡らした。
「理玖はあの時、ちゃんと俺のことをわかってくれてたんだな」
「知らない……わかってない……」
「今なら俺もちゃんとわかるよ、理玖」
あんな縋りたい気持ちになったのは、あんなに抱いてほしいと思ったのは、単なるΩの本能なんかじゃなくて、翔が運命の番だったから……やっぱりそう思ったら全てがしっくりくる気がした。
「もう大丈夫だから……信じてほしい。好きだよ……愛してる」
「俺は好き……じゃない」
「うん、知ってる」
クスッと笑い翔は頷き、頬に触れる手は流れる涙を優しく拭う。怒りも悲しみも徐々に薄れ、俺は自然とその手に縋った。
「……第一印象、最悪だったし」
「そうだな、再会した時も最悪だったな」
「………… 」
何でこんなに涙が溢れてしまうんだろう。何で翔はこんな意地を張り続ける俺を笑って許してくれるのだろう。
「俺のことを今はまだ好きじゃなくてもいいから……それでもいいいから、俺を認めて」
翔の両手が俺の頬をそっと包む。引き寄せられたお互いの額がこつんと触れ、俺達はそのまま自然にキスをしていた。
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