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(というか、パスタいらないってことは) (洋風の味付けに飽きてんだろうなー、とか思ったんだけど……)  和食で攻めたワンプレートは、見事にいまの続木黒也の舌に合っていたらしい。彼は「旨い」と声を上げる以外はほぼ物も言わず、次々に箸を進めてゆく。  とりあえず楽屋備え付けの電気ケトルに湧いた熱湯で緑茶なんぞを淹れてみた章太は、彼の前にそっと湯飲みを差し出した。もぐもぐと健康的に咀嚼中の俳優が、目顔で律儀に「ありがとう」とお礼してくれる。たぶん、悪い人間じゃない。……たぶん。  とはいえ、食事する人間を眺めるだけの時間は、ふつうに手持ち無沙汰だ。 「……じゃあ、オレはこれで……」 「まっへ」 「は……?」  退室しようとした背に、間抜けな声音が掛かった。思わず振り向くと、続木黒也は「ちょっと待った」のポーズのまま、口元に湯飲みを当てている。 「えっちょっと、ゆっくり食べてください……!」  ハラハラと見守る章太をよそに、続木黒也は豪快にお茶を煽る。そうして、ぶじに正常な食道を確保したらしい。  こん、と音を立てて湯飲みを置きながら、章太をまっすぐに見た。 「高橋章太は、ごはんのプロじゃん?」 「……え、あの、まあ、一応……」 「だから」  たった三文字で、何を説得されろと言うのか。 「だ、だから……とは」 「栄養バランス考えてくれそう。俺たぶん、飯食うの下手なんだよな。何食ったら体にいいとかわるいとか、どーやって覚えんのあれ?」 「ええと……オレ」  言い掛けてから、章太は言葉を飲みこむ。 「……僕はフードコーディネーターとしてこの現場に来てまして、その、シーンによっては続木さんの吹き替えも務めさせていただいてますが、あの、普段はほんとしがない講師で……あっ、料理教室で生徒さん方に教えていてですね、つまり、……つまりええと、僕は栄養士の資格は持ってませんので、ご期待には添えられません……」 「俺のマネージャー、サプリと完全食の信者でさ。これ食っときゃ栄養失調にだけはならないだろっつってそればっか食わせるから、俺はもう完っ全に、あの味に飽きてるわけ。で、自分で食いたいもん選ぶと、一週間肉ばっかとか、一週間サラダばっかとか、どーも偏るっつーか……そもそもみんな、何を基準に食べるもん選んでんの?」 「一週間ごとに肉食とベジタリアン切り替えてるなら、一周回ってちゃんとバランス取れてる気もしますけど……」 「高橋章太からごはん貰うと、おー生きてる食事だーってなるんだよな」 「……」  それはもしかして、料理人の端くれとして、けっこう光栄なことなんじゃないだろうか。  章太がちらりとそちらへ目線を向けると、俳優はすぐ気付き、「どうした?」とばかりに短く瞬く。それから、ひどく慣れたようすでにこりと微笑んでみせた。  続木黒也の持つ清涼な空気感は、彼が笑えばより一層、晴れ空から降るのにも似た光を含むような気がする。  なんとも言い難い眩しさに耐え兼ね、章太はすっと目線を落とした。  そういえば、前回の収録時には、スタジオで章太が作った親子丼を名指しでご所望だったのだ。一汁三菜、当たり前の見栄えとバランスを調えて楽屋まで運ぶと、もしかして朝ごはんを抜いたのかと疑問に思うほどのスピードで平らげてくれた。 (オレのごはんが気に入ってる……っていうか、オレが用意する『ちゃんとしたごはん』が食べたいっていう……)  その場合、自分はどう答え返せばいいのだろう。  そんなふうにのろのろと考えているうちに、続木黒也はすでに会話は終わったものだと判断したらしい。 「というわけだから、さ」  章太の胸中などまったく意に介さないイケメン俳優様は、やっぱりとてつもなく良い笑顔で宣うのだった。 「なんか甘いもん持って来て。いかにもスイーツ!! って感じのやつ」

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