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 がちゃん、と物の割れる音がして、一瞬、スタジオの空気が止まった。 「つっ……続木さん! 大丈夫ですか!? 怪我は……っ」 「……すみません」  見れば、彼の取り落とした小ぶりのガラス瓶がその下にあったボウルを巻きこんで割れ、瓶に入っていたオリーブオイル、ボウルの中で作りかけだったドレッシングが盛大にぶちまけられてしまっている。作業台の上は、ちょっとした惨状だ。  章太は事態に気づくなり、すぐにそちらへ向かった。 「高橋先生、これ……はちょっと、最初からやり直しっぽいですけど……」 「あっ……はい、えと、これドレッシングにガラス瓶の破片が入ってないとも限らないんで、やり直さないとだめだと思います。その、こちらの片付けをお願いしてもいいですか? 僕は材料の計量をします」 「お願いします!」 「続木さんすみません、衣装に汚れが付いたようですので、いったん着替えをお願いします」  撮影は一時中断となり、スタッフが慌ただしく現場のリカバリに走り回る。  ADに先導されてセットを降りた俳優は、その先で待ち構えていたスーツ姿のマネージャーに怪我の有無を確認されているようだ。見慣れた濃茶色の頭が横に振られるのを確かめ、章太はひとまずほっとする。  それから、アシスタント代わりに付いてくれるADの手を借り、必要な調味料を一から計り直していった。  すっきりと機能的ながらセンス良くまとめられた厨房のあちこちへ、あくまでそうとわからぬようにレシピ分の材料を仕込んでゆくのが、この番組での章太の仕事だ。俳優がどの棚から何を取り出し、それをどのカメラで撮るか、といったことはすべて台本に書いてある。  現在のシーンでは、手慣れたシェフが目分量で、かつ本日の気分のままに鼻歌混じりでささっとドレッシングを完成させる……というふうに見せかけることが必要だった。料理の心得など一切ない俳優が振る調味料のボトルには、レシピどおりの分量しか中身を入れない。  おしゃれレシピを紹介する料理番組でありながら、この番組が「ドラマ仕立て」というキャッチコピーを付けているのは、そんなふうに凝った画面作りをしているからだ。実際に、続木黒也は三十分枠の全編に渡って「オーナーシェフ役」を演じ続けている。番組のカテゴリとしてはバラエティではあるものの、俳優の素のようすが見られるのはエンディングテロップとともに流されるオマケの試食シーンのみとなっていた。

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