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「SNSでもわりと見ますけど、そういうのってやっぱり上はなんも対処してくれないもんなんすね~」
「あーまあ、うちは特に、よっぽどのトラブルでもないかぎりは現場で何とかしますね。もちろん、最終的な判断は先生に仰ぎますけど」
「岡山苑子 っすか」
章太の勤める料理教室、『岡山苑子のスウィートホームクッキング』は、その名のとおり、有名料理研究家・岡山苑子の経営する教室だ。現在、飛ぶ鳥も落とす勢いで売れっ子状態の岡山だが、(失礼ながら)ろくに料理もしなさそうなADが知っている顔をするのは、おそらくこれまでに彼女が出演したテレビ番組あたりで関わったからだろう。
章太が控えめに頷くのを見て、相手はこちらへぐっと顔を寄せてくる。
「やっぱあの人ってワンマンなんすか」
「……、へ?」
「や、ちょっと噂聞いたんすよ。採算取れるかどうかより自分が気持ちよく目立てるかどうかでイベント決めるとか、教室の講師を自分のアシスタントとしても扱き使って、その分の給料は出さないとか。もうめちゃくちゃお姫様状態で経営者気取ってるって有名すよね」
「……」
「高橋さんもそーでしょ? こうしてうちの番組に来てもらってるのは有難いすけど、クレジットに出るのは教室名だけだし、結局この番組で名前が売れるのは岡山苑子じゃないすか。続木黒也の番組ですよ? 上手く名前を売り込めばこれだけで独立するのも夢じゃないってくらい旨味のでかい仕事すよ。なのに現状、高橋さんへのリターンほぼほぼないすよね?」
「リターンとか、……そういうことは、別に」
「あ、岡山苑子に魂まで捧げてるって感じっすか?」
うっすら馬鹿にするような笑い方で、ADが言う。
「それも端から見てると謎なんすよねー。岡山苑子ってやたら取り巻き多いじゃないすか。あの人にそんなカリスマっぽさある? っていう。確かにちょっとした美人ではありますけど、俺みたいに普段から女優だのモデルだの見慣れてる身からすると、あんなの一般人レベルで大したことないすよ。つか姫って言うにはもう年増っすよね」
「……岡山は結婚して子供もいますし、そもそも顔を売ってるわけじゃないですよ」
「そう! それっすよ、それ。──実は不倫関係にある、って聞いたんすけど、それもマジなんですかね?」
「不倫……って、誰とですか」
「いつも連れてる男の人いるじゃないすか。大柄の。さい……ささ……さナントカって」
「西藤 ですか? 西藤は確かに岡山からいちばん信頼されてますけど、それだけです。第一、西藤も既婚者ですよ」
「だからW不倫ってことじゃないすか! やばいっすよね~」
「……」
やんわりと徒労感を覚え、章太は口をつぐんだ。
こちらがどんなに否定しても、次々と根も葉もない噂話が出てくる。むしろすでに荒唐無稽な作り話の域だ。
実際の本人たちを知っていれば、岡山と西藤の不倫がありえないことなんてすぐにわかる。
(この噂話知ったら、二人とも爆笑すると思うけど)
気の置けない戦友同士、といった二人の関係性にはこんな時ですら頼もしさを覚えるものの、とりあえず今、このAD自体が不快だ。どんな相手でも上手に話題をコントロールして和気藹々 と過ごせるような高いコミュニケーション能力があればまだしも、コミュ障ぎりぎりの自分ではどうにも出来ない。とりあえず、一秒でも早くジュレをすべて並べて、この場を去るしかなかった。
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