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章太は他にも仕事が控えている、という空気を出すためにも、自身の回転率を上げ、黙々とジュレのプラカップを氷バットに並べてゆく。
「上がワンマンだと、下はほんと苦労しますよね~」
相手は一人でも喋り続けられるタイプだったようで、その口は止まらない。
「てか俺わりと心配なんすけど、高橋さん、あんま上の言いなりになんない方がいいす。すごい押しに弱いし、自分が自分がみたいな主張ほとんどしないじゃないすか。そういうの、ふつうにめっちゃ損する性格すよね」
「え?」
ふいに相手の語調が変わり、章太は思わず振り向いてしまう。相手は、ひどく同情的な眼差しをこちらに向けていた。どうやら本心からの忠告であるらしいことが、その表情でわかる。
「高橋さん良い人だなーってのはほんとすごい思うんすけど、でもそれだけじゃどんどん立場弱くなるばっかってか、現状けっこうもう搾取されてるじゃないすか。どっかで踏みとどまって待ったかけないと、変な話、旨味だけ搾り取られたカスカスのカスになりかねないすよね」
出涸らしのお茶っ葉や、あとは捨てるばかりとなっただしがらの煮干したちが章太の頭をよぎってゆく。
めっちゃもったいねーって思うんす、とADは語気を強めた。
「せっかく高橋さんが良い仕事してくれてても、それで評価上がるのは岡山苑子すよ」
どうして、自分がこの仕事をすることになったのだったか。
(最初はほんと、先生がやるつもりだったんだよな……)
馴染みのプロデューサーから話を持ち掛けられた時、いちばん最初の段階でわかっていたことは、「続木黒也の出演する料理番組」ということだけだった。岡山は喜び勇んで二つ返事で引き受けたらしい、とは半ば苦笑混じりに語られた、事務室内の噂話だ。
流行りもの好きの岡山は、もちろん、続木黒也の大ファンである。
ところが蓋を開けてみると、番組はよくある「指導役として料理の専門家もいっしょにキッチンに立つ」というタイプのものではなく、「続木黒也自身が『シェフ役』となって料理をする」という、ドラマ仕立ての番組だったのだ。
そこで求められている料理人は、顔の売れた『指導役』ではなく、むしろ『吹き替え役』の出来る人物だった。
(先生はもちろん無理だし、うちの講師陣もほとんど女の人ばっかだから論外で……クマさんは年齢も体格も合わないし、滝口 さんは実質独立状態だから、むしろいつまで教室にいてくれるかわかんないし)
クマさんこと西藤は、そのニックネームどおり気の好いクマのような人だ。料理の腕も確かな四十代、ベテランではあるものの、どんと構えた大柄な体格ゆえに続木黒也の吹き替えには向かない。もう一人の男性講師は三十を越えたばかりのイケメンだが、ソロプロデュースが功を奏し、いまや「岡山苑子の弟子」として売れっ子料理研究家の名を欲しいままにしている。その冠言葉もそろそろ取れそうな頃合いで、まさに独立まで秒読み段階なのだ。そんな相手にこの話を与えるのは、どうぞ持ち逃げしてくださいと促すようなものだろう。
(で、残ったのがオレ……)
疑う余地もなく、消去法である。
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