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 世の女性たちをあまさずときめかせるイケメン俳優様との共通点といえば、「二十代男性」という一点しかない。  が、去年の大ヒットドラマでも有能シェフ役を演じた続木黒也は、当時のインタビューなどで、実は自分はまったくの料理オンチである、ということを包み隠さず語っている。つまり、彼の熱心なファンほど、調理シーンが吹き替えだということは織り込み済みで番組を視聴するのだ。 「……太」 (今のとこハッシュタグとかでも特にあれこれ言われてないし、有難いけど……) 「たーかはし章太~!」 「えっ、あ、は、はいっ?」 「なに考えてんの?」  続木黒也の艶のある瞳が、まっすぐにこちらを見ている。 「え。あっ」  章太はすぐに自身の動揺を押しこめ、とりあえず無難な愛想笑いを浮かべた。つい物思いにふけってしまっていたが、ここは俳優の楽屋。いつもどおり、撮影終了後のごはんを給仕しに来たところだ。この上可愛い笑顔を振りまく天真爛漫さまで求められているとは思わないけれど、それでも、仕事終わりに暗い顔を見ていたい人間なんていないだろう。 「な、なんでもな……」 「でも高橋章太、すげえ変な顔してるけど?」  ないです、とまで言わせず、続木黒也はさらりと切り込んでくる。臆さず目の奥まで覗きこもうとする人なのだと、初めて知った。彼の体の正面はきちんと章太に向いていて、『当たり障りのない』返答を聞きたいわけではないことが伝わってくる。  とはいえ、何か深刻な悩みについて懊悩していた、というわけでもない。自分の考えていたことなんて、ごくごく他愛ないことだ。  教室内の人事が、と言い出す代わりに、章太は中途半端な笑みをしまった。 「……変な顔、とは」 「到底受け入れがたいものをうっかり飲みこんじゃって、素直に消化も出来ないしさあどうしよう、って困ってる顔。で、高橋章太はたぶん、それが自分にとってネガティブなものだとわかってる」 「……」 「たとえば、誰かの悪意とか」  心当たりあるだろ、とばかりに、確信を持った声音だ。続木黒也の放つそれが、いわゆる本音を引き出すためのテクニックだったのだ、と章太が気付いたのは、勢い反論しようと口を開いた後だった。 「悪意、だとか、そこまでは思ってないです……親切心から言ったんだろうなって、わかる……つもりですし」 「なんて言われた?」 「……あんまり上に搾取されるなよ、とか」  誰かの言葉を自分の声で再生するのは、なるほど消化みたいなものだった。胃に流れこんだ段階ではまだオブラートに包まれていたそれが、ゆるりと膜を溶かし、中身を溢れさせる。  じわじわ、染みてくる。 (オレの努力は、無駄なんだって)

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