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「オレはオレなりに、この現場で……出来ることをちゃんとやろう、というか、ほんと出来ないことばっかなんですけど、そもそもあんま、こういう世界に向いてないとも思うし。それ言ったら逃げだから、言いませんけど。だから、つまり……ちょっとずつ、出来ることも増えてきたかなとか、なんか、そういう」
「うん」
「そういう……やり甲斐? みたいなのとか、自分なりに、ちょっとずつ感じてて。でも、そんな頑張ってもどうせ無駄だからとか、自分へのリターンないしとか、なんだろ……そういう言われ方すると……。別にオレ、身も心も先生に捧げてるってつもりもないですよ。そりゃ、拾ってくれたことには感謝してますけど」
ADとの会話を思い返して話しているうちに、本当はこう言い返したかったんだ、と思える言葉が口をついて出る。……なんで、その時に言えなかったんだろう。
どうして、いまなら言えるんだろう。
(つか、相手、続木黒也なのに)
「わかる。恩人ているよな。俺も、俺のこと拾ってくれた社長には頭上がんない」
「恩人ですほんと。オレ、脱サラ組で歳だけ取ってて、バイト経験もなくて。レストランとかはやっぱりよっぽど腕のあるやつか、若いやつか、最低厨房経験ないとって感じだったし……勢いで調理師免許だけ取っても、結局どうにもなんないんじゃないかって落ちこんでたから、ほんと嬉しかったし、岡山さんの教室に入って、やっと道が拓けたんです」
「高橋章太、サラリーマンやってたんだ?」
「やってました。一年だけ……。普通の、よくある中小企業に新卒で採ってもらったんですけど、待遇も、人間関係も、可もあり不可もありって感じの平凡なとこだったんですけど。でも、だからこそ、その中ですら上手く立ち回れない自分が心底いやになって。どうせ自分は『出来ないやつ』なんだなって……だったら、同じ『出来ないやつ』の人生なら、もう好きなことしようって──一年掛けて、吹っ切れたんです」
「一大決心じゃん」
「い、一大決心というか……オレ、高校も大学も、就職も、なんか親の言いなりだったのかもって思って。直接、ここに行けとかあれをやれとか言われたことはないんですけど、表向き、自分で決めなさい、自分のしたいようにしなさい、って言ってくれるんだけど、でも家の空気は決まってるみたいな。通学の都合とか、学費の都合とか……世間様に恥ずかしくない職に就けとか。そういう空気読んで、ここが無難かな、ってとこを選んできただけだったから」
両親のことはもちろん嫌いではないけれど、両親のためには生きられない。……そんなふうに思ってしまった瞬間に、初めて、自分が彼らに遠慮していたことを自覚した。
(そしたら、もうだめじゃん)
自分なりに納得して選んだ道も、本当は、自分の意志で決めたものじゃない。
──もしかしたら、『出来ないやつ』である自分自身から逃げるために、都合良くそう考えているのかもしれない。親への責任転嫁? 最低だ。自己嫌悪を伴う自問自答なんて、幾度もした。
それでも、やっぱりどうしても、両親の望む『(都合の)良い息子』のままでいる自分のことを、一生好きにはなれないと思ったのだ。
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