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「で、高橋章太は歩きたい?」
「えっレッドカーペットですか!? なんでですか、絶対いやです! って言うか、どう考えても無理です……」
「だよな。んじゃ逆に、高橋章太のちょっと未来で叶えてたいこと、ひとつ。どーぞ」
爽やかな笑顔を見せた俳優は、バラエティ番組のフリのごとく、軽く握った拳を縦にして差し向けてくる。
急に現れた幻のマイクを前に、章太は固まるだけだ。
「…………あ、あの、この場合、オレが何を言ってもみじめになるって言うか、その……」
「俺は高橋章太を笑ったりしないよ。その話をしてるんじゃん、いま」
「……」
続木黒也の言葉を信じるか信じないかよりも、まず、いま、こちらが何か返答するまで逸れてくれなさそうなまっすぐの目線がつらい。二十七歳の男とは思えないほどつやつやきらきらした瞳が、なぜ、自分の顔なんかをじっくり映してしまっているのか。
「う……ええと、今年から、自分のレッスンを持つようになったんですけど、まだ初心者さん相手のクラスで……というか、生徒さん皆さんとても熱心なので、初心者に教えるのもやり甲斐あるなあって気付いてきたとこなんですけど、その、使うレシピが先生のものなので……出来れば、いつかは自分のレシピで教えたいな、とは。実際、先輩方はオリジナルレシピの講座も持ってるし」
ともかく答えなければ、ということで頭がいっぱいで、うっかり正直な希望を打ち明けている。章太はその場にしゃがみこみそうになった。なんだろう、この小ささ。
でも悲しいかな、これがいまの自分の目標であり、夢だ。
「高橋章太は、ごはんのプロになって何年目?」
「二年目です……」
「なるほどな。だから、『やり甲斐がわかってきたところ』なんだ」
「え?」
「自分で言ってるじゃん。この番組の現場も、教室の話でも、高橋章太はいま楽しいんだって。それってすげえいい。俺はめちゃめちゃ好き」
好き、とてらいなく言ってみせた俳優は、口を横にして笑う。少しやんちゃな、嬉しそうな笑顔。
「──」
自分の頭の中が真っ白にぬりつぶされてゆくのがわかるのに、抗う術はない。章太は息をするのも忘れて、目の前の笑顔を見つめた。
(まるで、あの映画を見た時みたいだ)
ただただ圧倒されて、思考も視界も『彼』だけになる。自分が一度、すべて消えて、『彼』の元に生まれ直すかのような──そんなわけはないのに、まっさらな、新しい人生に出会うかのような。
章太の心境を知ってか知らずか、続木黒也は生き生きと先を続けた。
「自分で決めた道の上で、楽しいって思うくらい頑張ってる。そういうやつ見ると、俺もめっちゃ頑張りたくなるよ。俺はさ、それ言えるやつって無敵だと思うんだよな」
「無敵、ですか」
「そ。俺と高橋章太の目指すものは違うけど、高橋章太のいまの道がきらきらしてるんだなってことは俺にもわかる」
たぶん、そんなふうに言われてしまうほどきらびやかな道じゃない。どこに居たって、高橋章太という人間は平凡だし、地味だ。
けれどいま、続木黒也が自分に向けて話す言葉の端々からは、まばゆい光が溢れている。それを一粒でもいいから、信じて受け入れたいと思った。
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