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 それから、いたってマイペースに「俺の叶わなかった夢かー」と宙空を見る。 「直近で言うと、結婚しそこねたなー」 「け、っ……」  結婚!? 「俺はけっこう良い感じだと思ってたんだけどな。相手から『あなたは私の居場所になってくれない人だから、これ以上は無理』ってばっさり。すげえ綺麗に立ち去ってそれっきりだよ。ほんと、いま思っても良い女だよな」 「え……う、え、ええ……と、だ、誰……」 「葛城仁香(かつらぎひとか)ってわかる?」  瞳を覗きこむようにして訊ねられ、章太は声もなく頷く。わからないはずがない。葛城仁香は、同性からの支持も高い実力派の人気女優だ。女刑事に扮し、異常犯罪者──いわゆるサイコパスとの闘いを描くドラマが好評で、たしか近々、その新作エピソードが劇場公開されるのだと、今朝のワイドショーあたりでもこぞって取り上げていたような……。 「あいつと同棲してたんだよ、俺。一年半くらい」 「……え、ええええ……」  もはやまともな人語を発せられない。章太はあうあうと喘ぎながら、あっと気付き、急ぎマネージャーの方を見た。これはいま、自分なんぞが聞いてしまっていい話なんでしょうか。 「ご心配されずとも、とっくにスッパ抜かれたネタですので」  瀬野マネージャーの反応は淡泊そのものだ。ばかりか、彼はやや呆れを含んだ目をこちらに向けてくる。 「高橋さんは、芸能界にはさほど興味のない方なのでしょうね」 「す、すみません……」 「謝る必要などありません。ところで少し気になったのですが。さきほどの『上に搾取されている』というお話、もしギャランティのことも含むのであれば、それはきちんと抗議すべきだと思います」 「ギャランティ……って、あ、給料ですか!? あっ、いえ、それは大丈夫です、ちゃんと貰ってます!」  むしろこの番組に関わるようになってから、給与額はもちろん、毎月受け取る明細も一枚増えたのだ。それはつまり、番組の制作会社が出す報酬をそっくりそのまま、額面どおり自分に渡してくれている、という証明でもあった。 「こっちの現場に来る日は教室のレッスンも免除してもらってますし、オレの待遇がおかしいっていう話ではないです。大丈夫です」 「そうですか。だとすれば尚更、まったくの第三者に『搾取』と言われる筋合いなどどこにもありませんね」 「で、ですよね……」  すみません、と章太は小さくなる。自分の弱気がいやになるのは、こういう時だ。例えばもっと自分に自信があれば、誰の手をわずらわせることもなかった。自分一人の強さで、あんなもの取るに足らない中傷だ、と撥ねのけることも容易かったはずなのに。

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