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「瀬野さんー、高橋しょーたをいじめたらだめだよ」 「いじめてませんよ」 「でもしょげちゃってるじゃん。せっかく俺が元気付けようとしたのに、瀬野さんがビビらせちゃったら意味ないでしょー」 「あなたのあんな荒唐無稽な精神論で救われる人間がいるんですか?」  表情ひとつ変えず、瀬野マネージャーはさくりと切り捨てる。章太の耳には辛辣に聞こえたそれも、二人にとってはいたって日常のやり取りだったようだ。  さして堪えたふうでもなく、続木黒也は暢気に頬を膨らませた。 「筋金入りリアリストの瀬野さんに理解されようとは思いませんー」 (なんか、兄弟みたいだ)  常よりもぐっと幼く感じられる俳優の表情を見ながら、章太はふとそんなふうに思う。一度そう気付くと、リラックスして甘えているんだなあ、ということまでわかってきて、つい微笑ましさすら覚えてしまった。  マネージャーと気心の知れた会話をする俳優は、いまはもう、特にこちらを気に掛けるような素振りも見せない。 (宇宙みたいだ、って比喩もすごいけど) (でも、ほんと言うとおりなんだよな)  自分の人生には、自分だけの行き先がある。  冷静になって、ちゃんと考えたら思い出せた。この道の始まりに立った時、本当に、とにかく料理に関わる仕事をしたかったのだ。  ただあまりにも物知らずで、レストランやカフェの厨房へ入ることくらいしか思いつかなかった自分に、「人に教える」という道もあるんだと岡山が指し示してくれた。そしてそれはどうやら、ちゃんと章太の性に合っている。 (オレに出来るのは、教室で生徒さんを待つこと)  そうして、その一人でも多くに、料理の楽しさを伝えることだ。  五年後や十年後にどう思っているかまでは定かではないけれど、少なくともいまは、自分の仕事で岡山の評価が上がり、教室の名が広まって、結果的に新規の生徒さんが増えるのなら、それに越したことはないと思う。  章太は「あの」と声を上げる。……続木黒也も瀬野マネージャーも揃って会話を止め、こちらを見た。う、と思わず身構えてしまうものの、成り行きとはいえ相談を持ち掛けたのは自分だ。そして、それに応えてもらった。まさか、お礼も告げずに退室するわけにはいかない。 「あ……ありがとうございました。とても、気が楽になりました」 「……無理してないよな?」 「し、してないです」  俳優の注意深く探るような目線を受け、章太は内心で狼狽する。まさか、そこを疑われるとは。 (ったって、この状況でにこにこ出来るほど肝も太くないし……!)  晴れやかな笑顔ひとつあれば話が早い。それはわかる。わかるけれど、出来ない。  だって相手は、続木黒也だ。  そこそこ慣れて会話も出来るようになったとはいえ、もちろん友達ではないし、いまの仕事での関わりがなくなれば、もう二度と会うこともないだろう雲の上の人なのだ。こうして給仕しに楽屋を訪れるのだって、ぎりぎり仕事だと思えなくもないからやり遂げられている。  そもそも章太にとって「友達」にもカテゴライズ出来ない他人は、すべからく警戒の対象だった。むやみに身構えたいわけではないのに、どうしても素の自分が出せない。  つまり、人見知りである。 (笑うとか絶対無理……!)

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