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『章兄 、ほんとに気付いてなかったの?』
動揺のあまり居ても立っても居られず、当時いっしょに映画を観た従妹へとアプリからメッセージを送ると、ちょうど暇をしていたらしい相手からはすぐに返事があった。心なしか、文字が呆れている。
『タカトって続木さんの出世作っていうか、ブレイクするきっかけになった役だよ?』
『続木黒也がめっちゃブレイクしてたのはそりゃ知ってるけどさ……、つか続木黒也、あんな金髪じゃないし。オレの中のタカトのイメージ、めちゃくちゃ派手な金髪頭だし』
『役作りって知ってる? 章兄』
『スミマセン……』
現在二十歳、現役大学生の従妹は、すっかり辛辣な物言いをするようになっている。
『とにかくね、タカト役の後、少女漫画の実写映画化って言ったら必ずってくらい続木さんが出てたし、続木さんが出た映画はどれもぜんぶ大ヒットしたんだよ。だから一時期、恋愛映画マスターって呼ばれてたの。主人公と結ばれるヒーロー役でもタカトみたいなフラレ役でも、めっちゃ厭味なライバル役とかでも、絶っ対魅力的に演じてて、すごかったんだから!』
「……『映画けっこうやった』って、そういう意味だったんだな……」
最寄りの改札を抜けながら、章太はつい独り言をこぼす。間を置かず鳴った通知音でスマホを見ると、従妹はどうやら悠長にスマホを触っている場合ではなくなったようで、「ごめん」と「もう行くね」のスタンプが続けて送られてきたところだった。章太は柱の影に立ち止まって短いお礼の言葉を打つが、ぎりぎり間に合わなかったらしく、既読は付かない。曜日と時間帯を改めて見るに、従妹はちょうどバイトの休憩時間だったんだろう。
「つか、本人に向けて熱く語り倒したオレって……」
強烈な羞恥がいまさらながら湧いてきて、章太は「ううう」と小さく唸りながら項垂れる。
この次、どんな顔をして会えばいいのか。
最近ようやく、(さすがに緊張はするものの)仕事相手として普通に接することが出来るようになってきた気がしていたのに、このやらかしは致命的だ。……こちらの話を聞き終えた後、形だけは合わせて頷いてくれた俳優が明らかにドン引き顔だったことを思い返すだけで、章太は意味もなく暴れ出しそうになってしまう。居たたまれなさすぎる。やらかした。
きっとたぶん、今夜は寝られない。
一晩続くだろう脳内反省会への覚悟を決めながら、章太は嘆息とともに歩き出す。西の空に、ぽつんと一番星が見えた。……いまの自分が願うことは、ひとつだけ。
(どうか続木さんが、今日のことを忘れてくれますように……)
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