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「はあ!? 鶏が届いてない!? そんなわけないだろう、もう一回ちゃんと確認してこい!」
「お、はようございま……す……?」
スタジオの入り口をくぐったとたん、強い怒声が廊下の奥から響いてくる。章太はびくりと肩を揺らし、そちらを見遣った。
(え。なんか、トラブル……?)
鶏、という単語が聞こえたということは、食材に何かあったのかもしれない。
(オレ、行った方がいいのかな)
ちょうど曲がり角の真ん中で足を止めてしまったせいで、どうしよう、という思いが湧く。行って何か出来るだろうか。右へ曲がれば搬入口があるのは知っているけれど、実際に赴いたことは一度もない。いつもの楽屋は、このまままっすぐだ。
じりじりと数秒ほど迷った挙げ句、章太は結局、スニーカーの足をまっすぐ先へと進めた。
(だって、やっぱり何もわかんないし……)
以前、いつだったかの撮影で、レシピに若干のアレンジを加えたところ、どうしても今スタジオには置いていない調味料が必要になってしまったことがある。別段珍しいものでもないので、近くのコンビニで売ってると思います、と章太が言うと、ディレクターは渋い顔になった。
『領収書は取れるだろうが、上への説明がめんどくせえなあ……』
番組は食品卸会社やメーカーとスポンサー契約を結んでいて、そこ以外から食材を仕入れることはまずない。その時は、ディレクターが次の言葉で「まあいい、誰か買って来い」と決断し、アレンジ後のレシピを収録したのだ。
テレビ番組には、見えないルールがたくさんある。
それを理解できていない自分が搬入の問題にまで首を突っこんでも、何の役にも立たないどころか、ただの邪魔にしかならないだろう。この番組で自分に任されている仕事は、用意された食材をきちんと的確に処理して、主役である続木黒也へバトンを渡すことだ。
「高橋先生、おはようございますー! 今日の衣装はこれですよー! チャイナイメージで袖を折り返すので、そこだけ気に掛けてくださいね。あ、でもまた、いつもどおり撮影前に最終チェックには伺います。では、今日もよろしくお願いします!」
楽屋に着くと、顔なじみの衣装さんが笑顔で挨拶をくれた後、慌ただしく衣装の説明をして去ってゆく。章太は遅れて「おはようございます。お願いします……」と返しながら、その背を見送った。彼女に限ったことではないけれど、テレビの現場で会う人は誰も彼もパワフルで勢いが良い。
(……うう。まためっちゃかっこいい衣装……)
今日も今日とて、壁際の衣装掛けには、自分が着るにはどうにも気の引けるスタイリッシュなコック服が掛かっている。仕方ないこととはいえ、確実にイケメンにしか似合わない服を着なければならない事実が恨めしい。
唯一の救いは、カメラには決して顔が映らない、ということくらいか。
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