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と。
「あっ、そうだ! そうだよ、高橋先生だ!」
「えっ?」
急な声に驚いて振り返ると、一人のADが開いたままの扉から章太に向けて人差し指を突きつけていた。彼はすごい勢いでこちらに飛びこんでくる。
「地鶏! 持ってますよね、届きましたよね!? 今日使う地鶏ですよ、地鶏!」
「じどり……?」
「そうです! 番組のP御自らが時代錯誤も甚だしい頑固くそじじいな養鶏家サンちへ通い詰めて、どうにかこうにか口説き落として、やっっっと仕入れた地鶏です! そうだよ、なんで俺忘れてたんだろ。くそ養鶏家がテレビ番組の制作会社だかなんだか得体の知れないとこにウチの鶏はやれんってゴネたから、スウィートホームクッキングさんに仕入れさせてもらうことにしたってプロデューサー言ってました! それだよ! ああ、びびった~っ」
「えっ……」
こちらに縋りつかんばかりの勢いで安堵の息を吐いたADが、章太の反応を見て「えっ」と息を飲む。
「まさか、持って来てないんですかっ?」
「いえ、あの、そもそも、そのお話……初めて伺いました……」
「ええっ!?」
悲嘆の声を発して、ADは固まってしまう。章太も、心境としては似たようなものだった。急いで自分の記憶を探ってみるけれど、どこにも「番組の代わりに地鶏を仕入れる」なんて連絡を受けた覚えはない。
「先生は知らなくても、スウィートホームクッキングさんの方には届いてるって可能性もあるだろ。上山 はちょい落ち着け。──高橋先生、手間を取らせてすみませんが、ちょっと教室に確認していただけませんか」
「あっ、はい! もちろん……っ」
ADの後から現れた、同じスタッフジャンパーを着たもう一人のADが冷静な声音でそう言う。章太は慌てて頷いた。急ぎディパックを探って、スマートフォンを取り出す。
上山と呼ばれたADが文字どおり固唾を呑んで見守っている気配をひしひしと感じながら、教室へ電話を掛けた。二コールで繋がる通話に出たのは、当然ながら、事務室の社員だ。
そして彼女は、章太の説明を聞いた後、ごく冷静に答えた。
『その養鶏家からの仕入れなら、うちは断ってますね』
「断った……んですか?」
「えあっこ、ことわっ……ちょ、なんでですかっ?」
返答を聞きかじったADが「ありえないです!」と騒ぐのが、電話越しにも伝わったのだろう。事務員の声音は、やや硬質なものに変わる。
『なんでも何も、うちは今、ちゃんとした発注書がなければ仕入れをしません。その養鶏家さんから鶏を送るという連絡はもらってますが、その時点で発注書はなかったですし、もちろん書類の提出が遅れている可能性も考えて各所に確認もしました。でも、どの先生も「知らない」と言われたんです。高橋先生も、です』
「はい……」
当日、ちょうど休憩時間だった章太は、そう訊ねられてすぐデスクのパソコンからメールのチェックをしている。自分が受け持つ初心者用レッスンで使う食材は、大きな変更が掛かることはまずない。何かあるとしたら、テレビ番組の方だ。けれど、通常連絡以外の新着メールはどこにもなかった。だから、「自分の発注ではない」と答えた。
そうだ。確かに、そう答えたのだ。
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