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章太は相手に謝って、通話を切った。
「高橋先生~~っ」
「すみません……」
「あ、謝ってどうにかなることじゃないですよ~っ。Pの地鶏、テレビで扱うのは初めてだぞって意気込んでた地鶏、なんで断っちゃったんですかああっ」
ADはもはや半泣きである。
スウィートホームクッキングの仕入れ体制が厳格化されたのは、すこし前に起きた苺の誤発注が原因だった。
それまでの教室は、わりとがばがば体制もいいところだったのだ。さすがに、通常のレッスン用のものなど講師陣からの発注はきちんと書類を作っていたが、こと岡山からのものとなると、電話一本、「いつものとこで、いつものあれね!」などとアバウトな指示がまかり通っていたくらいである。
むしろ一応でも事務室を通して発注するならまだ良い方で、どこかから何かが届いたが誰の発注なのだかわからない、と思えば岡山がイベントで使う食材だった、といったことが日常茶飯事だった。
そんな中、苺の注文についての行き違いが発生したのは、ある意味必定だったのかもしれない。
とにかく正式な書類どころかメモ一つも残っていない状況で、岡山は「注文取り消してって言ったもの!」の一点張り、事務室は「そんな連絡受けてません」と困惑するばかり、誰が悪いのかの犯人捜しさえも徒労に終わり、それでも憤懣やるかたないといった様子の岡山は、ついに社長室に閉じこもってしまった。
正しく天岩戸状態の経営者を前に、講師陣はとにかく最小限の被害で苺を消費出来るよう策を練り、それをクマさんに託して、どうにか岡山の怒りを解くことに成功したのだ。
その一件を機に、「仕入れは必ず発注書を作り、事務に通す。岡山であっても例外なし」という取り決めが作られた。
もしあの苺事件がなければ、以前のがばがば体制の下、今回の地鶏もふつうに届いていた可能性がある。
とはいえ、いま、番組のスタッフが聞きたいのはそんな話ではないだろう。
「金森 さあん! 地鶏ぜつぼー的なんですけどー! 高橋先生のとこが断ってましたああ!」
涙声のADがスタジオへ駆けこむと、その場のスタッフが「えっ」という表情で振り返る。ディレクターの顔つきも険しさを増していた。
「どういうことですか、先生」
「すみません……。その、僕のところに事前に連絡が来ていれば、教室も仕入れを断ったりはしなかったんですけど……なにぶん、何も聞いていなかったので……」
「連絡がなかった? おい棚橋 、どういうことだ!」
「えっ俺っすか!?」
「当然だ! 先生への連絡はおまえに任せたはずだぞ」
「いやそれはそーっすけど、でも地鶏の件は俺じゃないす。俺この件はノータッチっすよ。Pは連絡係が決まってるとかまでは知らないでしょうし、別の誰かに連絡しとけって言ったんじゃないすかね。誰だかは知らないすけど……」
ADからの返答を聞いて、ディレクターはぐるりと周囲を見回す。当然ながら、この空気で自分です、と名乗り出る人間はいない。
(なんか……苺事件の時と、雰囲気がおなじだ)
明確な証拠でもないかぎり、結局は、言った言わないの押し問答に終始してしまう。そのやり取りがどれほど無意味で、そして重たい疲労感に満ちたものなのかは、章太もいやというほど知っていた。
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