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「あーのう……もしか、もしかなんですけど、有名な地鶏ならどっかで売ってませんか? 売ってそうですよね!?」
こっそりと片手を挙げたADが、自らの思いつきに勇気を得たかのごとく声を大きくした。さっきまで涙目だった彼は、見る間に生き生きとしてくる。
「俺それ見つけますよ! ソッコー買ってきます!」
「駄目だ」
「えええっ……なんでですかあっ!?」
むしろ今すぐ駆け出さんばかりの勢いだったADは一転、またもや情けなく眉を下げた。ディレクターはいたって冷静に告げる。
「考えてもみろ。プロデューサーが頼みこんで口説き落として、ようやく売ってもらった鶏だぞ。それをいざ卸す段になって、いきなり『要りません』だ。これ以上の理不尽があるか?」
「……でも、それは」
「連絡ミスがあったから? そんなこと、あちらさんには何の関係もないんだよ」
金森ディレクターの声音は抑えられているが、その分、確かな圧があった。
「あちらさんはもう、うちの番組にブランドの使用許可を出しはしないだろう。そうなったら、勝手に現物だけ間に合わせて何を撮ろうが一切放送は出来ない。おまえら、ちゃんと理解してるか? Pがやっとのことで取り付けた信用を、俺ら現場が単なるミス一つで打ち棄てたんだよ」
「……」
広々としたスタジオ内は、まるでお通夜のように静まり返る。
ディレクターは長い溜息を吐いた後、がしがしと頭を掻きながら、スタジャンの内側を探った。スマホを取り出して言う。
「俺はとりあえず、この件をPの耳に入れる。おまえらはいま出来ることを進めておけ。何をどうするにしても、上の判断が出てからだからな」
ディレクターのその一言で、スタッフの輪はゆるりとばらけた。現場にはじわじわと雑多な人の声が戻る。
章太も一応は厨房セットの中へ入るものの、実際問題として、メインの食材が変更になるかもしれない現状では一体なにを下準備すればいいのかわからない。
(サブメニューも付け合わせも、ぜんぶメインの中華風鶏鍋とのバランスを考えてあるわけだし……)
(あっでも、サラダとかなら……!)
もし変更になっても再利用の利きそうなところから用意しようと決め、章太は台本を開く。そうして、そういえば、この台本はまだ決定稿じゃなかったんだ、と思い出した。
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