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 とはいえ、大幅なリテイクが掛かったのは主に続木黒也の台詞部分。全体の進行には変化がないので、章太には今日の撮影現場で決定稿を渡す、という話になっていたはずだ。 (でも、こんな騒ぎじゃあれかな……) (って言うか、地鶏を使うってちゃんと書いてあるんだ。忘れてた) 『詳細は交渉中のため割愛』と注釈してあるものの、なんらかの地鶏を扱うことは確定していたのだ。  もし、事務員から発注の有無を訊ねられた時、自分がこの記述を思い出せていたら? (そしたら) 「……って断るのおかしくね? だって書いてあんじゃん、台本に」 「まあなあ……でもほら、言っても素人さんじゃん」 「それでも一回こっちに確認入れんのが筋だろ。なんでその素人さんが素人判断で断ってんの? そんで不利益被るのはまるまるこっち? さすがにおかしくねえ?」  耳を掠めたスタッフの会話が、正にそのことを指摘しているのだとわかって、章太はちらとも顔を上げられなくなる。  この感覚には覚えがあった。 (オレ、は)  新人の男はみんなここからだ、と営業部に配属されて、息苦しさばかりを感じていた三ヶ月間。すぐに「営業向きじゃない」と判断が下って内勤になったけれど、それでも心は救われなかった。決して短くはなかったその期間で、いやというほど思い知ったからだ。──自分は。 「やー言いたいことはめちゃくちゃわかるよ。わかるけどさ、ほら、なんか……ぽやっていうかのほほんっていうか、目端の利きそうにない人じゃん。あれは無理だって」 『高橋を営業から外してください。あれは無理です』  営業部で教育係を努めてくれていた先輩が、ある日、上司に直談判していた声。衝立越しに聞いたそれが、まだ、自分の記憶から消えていない。 (無理……って、「無能」ってことだよな)  わかっている。  わかっているからこそ、足元の感覚がすうっと消えてゆく気がした。

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