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 何事かと振り返るスタッフたちの目線を一身に浴びたまま、俳優はただまっすぐに、章太を目指して歩いて来る。  続木黒也の身に纏う服は、いつもとかわりない私服だ。けれど、いまの彼にはどこか光の粒をきらきらと降らせたかのような華やかさがあった。前の現場が、なんらかの撮影だったのかもしれない。 「……」  この目でカメラと向き合ってきたんだろうな、と思える、よく研磨された宝石にも負けないほど綺麗な瞳が、すぐ間近から自分を見下ろした。章太はキツネに摘ままれたような気持ちを拭えないまま、それを見上げる。 「章太」  黒也はどこかとても慎重さを感じる声音で、その短い問いかけを紡ぐのだ。 「……大丈夫か?」 「え、あ、……はい」  なにが大丈夫なんだろう? 頭の中に疑問は浮かぶものの、章太の口は勝手に答えている。 「あの……先生が……急な突風みたいに、ぜんぶ塗り替えてくれて……オレに、いっしょにちゃんと仕事しましょうって」  そうだ。岡山は、自分が関わるからもう章太は外れていい、とは言わなかった。  いっしょにメニューを考えよう、と言ってくれたのだ。 「だから、大丈夫です。オレ……」 (オレ、は) 「やっぱり、この道を選んで、良かった……」  自分の発した言葉で、胸の中に届いていた贈り物のリボンを解いたような気持ちになる。ふわりと箱が開いて、やわらかな、あたたかなものが広がった。 「そっか」  ぎこちなく落としたまばたきの向こう側で、続木黒也が息を吐くようにして笑んでいる。とても、嬉しそうだ。──それはちょうど、自分がいま心の中で感じている気持ちをそっくりそのまま掬い上げたみたいな色をしていた。  どうしてだろう?  章太は不思議に思って、じっと、黒也の表情を見つめる。その視線に気付いてか、黒也はすっと笑顔を拭ってしまった。なんとなくバツの悪そうな顔になると、章太から目を逸らす。 「そんなふうに笑えるんなら、良かったよ」 「え?」  笑う? ……誰が? (オレが、いま) (笑ってた?)  思わず、自分の頬にぺたりと触れてみる。とはいえ、それで何がわかるというわけでもない。 「瀬野さん、変更後のスケジュールってどんな感じ?」  黒也は章太の傍から離れると、自身のマネージャーへ呼び掛けた。いつもの手帳を手にディレクターと何やら話し合っている最中の瀬野は、目線を上げずに答える。 「一言で言うと厳しい」 「うん。厳しいのはわかってる。俺が聞きたいのは、そのレベル。どのくらい厳しい?」 「……」  瀬野は返答を避けるように押し黙った。黒也はそんなマネージャーに苦笑してみせ、代わりにディレクターへ訊ねる。 「金森さん、理想を言うと俺の入りは何時ですか?」 「理想……いや、でもなあ、続木君……」 「何時ですか?」 「……現場は、夜までには撮影に入れる。台本も進行も一から組み直しだが、これまで三ヶ月やってきた分のノウハウとテンプレートがあるしな、なんとかなるだろう。岡山先生のスケジュールもスタジオも、今夜中なら空いてるそうなんだが……」  金森は期待と苦渋の入り交じった声音で、歯切れ悪く返答した。なんだろう、と章太はそちらの会話に注目してしまう。なんだか、ものすごく暗雲が立ちこめているような空気だ。……主に、瀬野マネージャーの頭上辺りに。  その悪天候のあおりを食らったかのごとく、金森ディレクターの表情も暗い。

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