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(さ、さすがイケメン俳優……)  内心「うう」と唸りながら、章太は唇を引き結ぶ。……困った時に黙るのは、自分の悪い癖だ。わかっているけれど直せない。しかも下手するとへの字口になるのだ。もしかしたら、今も。そう気付いて、章太は慌てて口角を引き上げた。 「つ、づきさんがすごく優しい人だっていうのは、わかりましたけど……、でも、オレみたいなのにまでそんなに良くしてたら、きっとすごく疲れるし、たぶんキリもないので、そういうのはほどほどにして自分を大事にしてください……」 「俺に心を砕かれるのは、迷惑?」 「め、迷惑では、ないです。でも、その……理由が、わかりません」  章太が言うと、黒也は意外なことを聞いた、とばかりにちょっとだけ目を丸くする。その表情はすぐに、苦笑のかたちへと崩れた。 「理由かー」  そうだな、と続ける声音は、どうしてか嬉しそうだ。 「いちばん最初は、なんかすげえ地味なのがいるなって思ったんだよ」 「……う」 「この業界、良くも悪くも自分を見てほしい、自分がいちばん目立ちたい、って奴が入って来てるからさ。俺みたいに表に立つ側の人間はもちろんだけど、制作側の人たちも、自分の作る物、自分のやり方、技術、センスがいちばん良いって思ってる。それは最低限必要なプライドでもあるんだけどな。章太にはそれがない。だからまず、よくこんな人間がスタジオに入って来れたな、みたいな驚きがあって、俺は逆に気になってた」 「す、すみません……」 「すぐ謝るしな。で、まあそんなわけだから、スタジオに来るとつい、いっつも章太のことを目で追ってたわけ。そしたら、見た目どおり地味だし、自分のやり方がどうこう以前に指示されたことをちゃんとこなすだけで精一杯って感じだったし、ほんとに、どうしてここにいるんだろうなって、素朴にさ、不思議に思ってて……思ってるうちに、なんか高橋章太、居てくれると安心するなーって気付いたんだよな」 「あ、安心……?」 「そう。安心する」  おっかなびっくり訊き返した章太に、黒也はふわりと笑んでみせる。 「章太は間違えない。いつも、ちゃんと肝心なところで、正しい選択をする。それはさ、章太がこれまで絶対に『間違えないように』生きてきたからだって、俺は思うんだよな」 「え……?」 「章太を見てるとわかるよ。周りの空気にかなり敏感だし、他人の意向を汲みすぎるくらいに汲む。……そりゃそうだよな。章太は、親にさえ甘えなかった。ご両親が息子のためを思って胸に秘めた本音をそれでも読み取って、ちゃんと期待に応えてあげたんだ。そういうの、誰にでも出来ることじゃないだろ」 「……そんな、こと」  ないです、と章太は首を振る。けれど、黒也は退かない。 「実際、俺は大学ん時に親と大喧嘩して、ほとんど勘当されたような状態で役者になってる人間だからさ。親が渋々活動を認めてくれたのだってつい最近だし、いまだに本心では『役者なんてさっさと辞めて、まっとうな職に就け』って思ってることも知ってる。でも、それには従えない。だから、俺は一生、本当の意味での親孝行は出来ないんだなって思うよ」 「そんな……そう思ってるのは、きっと続木さんだけです……」  続木黒也は、すぐ来年にもレッドカーペットの真ん中を堂々と歩いているかもしれない俳優だ。どんなに厳しい両親だって、少なからず誇りには思っているはずだろう。

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