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 おそるおそる持ち上げた章太の目線をしっかりと受け止め、今度は黒也が首を振った。 「俺は章太みたいに出来なかったから、よけいにさ、章太の言う『無難な道』を選ぶのがどれだけ息苦しいことだったのかって考えるよ。それは章太の戦いだ。まっすぐ、まっとうに、何にもズルをしないで歩いて来た、真面目で優しい道なんだ。両親を安心させたい、その期待に応えたい、って積み上げてきたそれが、章太の努力のかたちだよ。それは歩く道を変えたからって消えたりはしない。いまも、これからも、ずっと章太の中にある」 (……おかしい、な)  出会ったのは、たった三ヶ月前。なのに、黒也はその目では見ていなかったはずの、学生時代の章太のことさえ、きっと今はもう見つけ出してしまっている。そうだ、息苦しかった。両親共に揃っていて、裕福ではないものの金銭的な不安はない、何不自由ない生活が、真綿で喉を締めつけるように。……でも、そんなこと言えるわけがない。固く苦く喉の奥に飲みこんで、そうしていつしか忘れてしまった気持ち。  黒也の言葉は、それをまるごと抱き上げるように、柔らかく暖かく肯定してくれる。 「高橋章太の『間違えなさ』は、章太の努力と真面目さと優しさが保証するものだ。例えば十人に訊いたら、八人はそう答えるっていうくらい当たり前の『正解』を、章太はちゃんと選べるんだよ。そういうところ、俺はほんと安心する」 「──」  これは、危険だ。 (だって、そんなわけない)  ──続木黒也が。あの、イケメン俳優様が。 (なんで、オレに) (こんなこと言うんだ)  これを真に受けていいわけがない。章太はぎゅっと拳を握る。黒也が嘘を言っているとも思わないけれど──そうまでして章太のご機嫌取りをする理由が、彼にはないのだし──、これほど都合の良い言葉を、わあ光栄だな、なんて鵜呑みになんて出来るわけがなかった。 「あの、う……嬉しいですけど、でも、オレが特別ってことは、ないですから。絶対」 「俺が特別に思ってる、って言っても?」 「……!」  章太は軽く額を小突かれたような気分になって、ぱっと黒也の目を見上げる。変わらずきらきらと潤って見えるその瞳は、章太の反応を楽しそうに受け止め、ふわっと笑んだ。 「俺は章太のこと、特別だって思ってるよ」 「……続木さんがそう言ってくれるのは、もしかして、オレが前に、その……ナミコイの、タカトの話をしたから、ですか?」 「ん? うん」  章太が問うのを聞いて、黒也は素直に破顔する。 「あれはめちゃくちゃ嬉しかったなー。俺が『タカト』に込めた気持ち、ちゃんとまっすぐ伝わってたんだなあって」 (舞い上がるな)  すぐ見上げられる近さのその笑顔をじっと見つめながら、章太は握る指の力を強めた。もし舞い上がってみろ。どう足掻いたって星空の仲間になんてなれない自分は、みっともなく地に落ちてくるだけだ。

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