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「……あの話を、そんなふうに好意的に聞いててくれたことは、すごく嬉しいです。けど、……でも、続木さんの演技に感銘を受けた人、救われた人、なんて日本中にたくさんいるじゃないですか。続木さんに憧れたあまり自分も役者になりました、みたいな人も、それで実際に同じ作品で共演を果たしました、っていう役者さんも、オレは実際にテレビで拝見したことがありますし……そんな人たちの中で、オレだけがずば抜けて特別なことを話したとは思いません」  もちろん、章太にとってはタカトのあの演技も、そこで放たれた言葉たちも、間違いなく『特別』なものだ。他にはない。一生だって忘れない。  けれど、黒也にとっては違う。  続木黒也の演技を見て、その表情や言葉と出会うことで、章太のような──むしろ、章太のそれよりも強く純粋な思いを覚える人は、きっと多い。SNS投稿やファンレターなどで言葉を尽くして気持ちを伝えようとする人だって当然いるから、黒也にもその一つ一つはちゃんと届いているだろう。 「オレみたいなどこにでもいる人間、きっと今まで、続木さんにはぜんぜん縁がなかったんだと思います。だから物珍しく見えるって言うか……もし、それがオレじゃなくても、ここにオレと同じくらい平凡な人が立ってたら、続木さんはやっぱりその人にも『特別に見える』って言うと思います」  彼が見ている「宇宙のような」世界、誰もが自分の足下の道を「きらきら光らせている」世界の中で、きっと章太の道だけは、ぽっかりと暗いのだ。 (そりゃ見ちゃうし、気になるよな)  でもそれは、ここが芸能界で、黒也が芸能人だからだった。  普段、ごく平凡な一般人として生きている章太からすれば、満員電車で隣り合うサラリーマンもスーパーのレジ列に同じようにかごを持って並ぶ主婦も、みんな似たり寄ったりの凡庸な道を歩いているように見える。特にきらきらなんてしていないし、いつもなんだか常に忙しいし、でも好きなことに思いきり触れる日や、日々の小さな癒しにほっと息をつく大切な時間もちゃんとあるのだ。  てのひらの上にやっと灯る小さな光で、自分自身くらいはどうにか幸せにしてあげながら、……そしていつか、誰かいちばん身近な人のことも幸せにしてあげられるようにと願いながら、暮らしている。 「この番組が終わって何の関わりもなくなったら、続木さんはきっと、オレのことなんてすぐに忘れると思います」  お互いの道が遠く離れたら、たぶん、黒也の目に章太の道は見つけられない。  それはどうしようもないことだ。黒也は選ばれた世界を生きるひと。綺麗でつよい星の光を、その体の中に、その魂の中に、持っている。 (オレは忘れない) (ずっと、ずっと、その星を見上げて走る)  自分だけのポーラ・スターとは違うけれど、夜空に見つけて心が躍る、特別な星だ。それが光っていてくれたら、なんだか安心する。心の中にそっと、秘密のお守りみたいに、大切にしてゆく。  ずっと、一生。 「章……」 「黒也、移動だ。おい、ボサっとすんなよ」  代理マネージャー捜しの進捗はどうなったのか、ひとまずいまは手帳を閉じた瀬野マネージャーが、その分厚い手帳で担当俳優を(はた)きに掛かる。どうやら慣れっこの黒也は、それを難なく片手で受けながらも、まだ章太を気にする表情だった。 「本番は夜ですけど、その、とりあえず今は……お疲れさまです」  章太は黒也にも、瀬野マネージャーにも、どちらにも等しく頭を下げて、厨房セットを降りた。楽屋で自分の荷物をまとめたら、すぐにスウィートホームクッキングへ戻って、アンコウの捌き方・食べ方を調べておきたかった。  いつでもぽんぽんと湯水のようにアイデアを出してくる岡山相手に、何か一つでも、「それ良いわね!」と言わせたい。  いま自分が目指すものは、それだけだ。

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