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 岡山のマイスタジオには一夜限りの特別セットが組まれた。昼間の内に運び込まれたレンタル機材もフロアに所狭しと並んで、その合間をスタッフが忙しなく行き来する。先ほどの通しリハーサル後には、教室の講師陣が揃って「みなさんの夕食に」と炊き出しをしてくれ、裏方も出演者も、たっぷりと腹を満たしたばかり。現場の人間は全員、気合い充分だ。 「たっ……大変お待たせいたしましたっ。続木黒也、ただ今スタジオに到着致しました……!」  時刻は二十時半に差し掛かるかといった頃、息せき切ったようすの年若い女の子が一人、スタジオに飛び込んできた。大学生かと見紛う若さだが、首から提げた社員証は、間違いなく黒也が所属する芸能事務所のものであるようだ。 「おっ、来たか!」 「速いっすね。これなら全然余裕じゃないっすか」 「おい、誰か岡山先生と賀来(かき)君にも声を掛けて来い! あー、マネージャーさん、続木君はもうメイクに入ってもらってるんだよな?」 「あっ、吉田(よしだ)です! はい! 続木につきましては、現場に着き次第まずそちらへ、という連絡を頂いていましたのでそうさせてもらっています!」 「おし。じゃあ、続木君がスタジオに来たら撮影開始だ、おまえら気合い入れろ! ボケっとしてんじゃねえぞ!」  金森ディレクターの一喝に、フロア中のスタッフが声を上げた。このイレギュラーな収録が決定してから、番組スタッフはまるで学生の文化祭のような一体感を見せている。いつか黒也も話したように、基本的に、そういう時に中心となって活動していた人間の集まりが、いわゆる芸能界というものだからだろう。 (オレも文化祭は嫌いじゃなかったけど……)  当然、彼らのような中核グループに属することなどなかった章太は、なんとなく熱気も薄まりつつある隅っこで、淡々と自分の仕事をこなしてゆくだけだった。  そうするうちに、メイクと着替えを終えた続木黒也がセットに入って、スタジオ内は一気に本番モードへと変わってゆく。強い照明がいくつも焚かれ、まばゆいステージとなった厨房には、続木黒也と岡山苑子、そして司会役のタレント・賀来の三人が立った。 「こんばんは~! あっいきなり誰だって感じですか? 俺の知名度、続木さんには遠く及ばないっすもんね~、当然ですけど! 大丈夫、続木さんの番組ですよー! 今回はなんと、特別編をお送りします!」  最終打ち合わせとカメラリハを終えると、マイクを手にした賀来は、良く通る声をさらに張り上げる。本番収録のスタートだ。 「いつもの『隠れ家風レストラン』を抜け出して、ついでに続木さんにも素に戻って頂いて、今日はここ! 岡山苑子先生のお家で、お二人に料理に挑戦してもらいます!」 「やだ、お家ってなあに? 賀来君、相変わらず適当ねえ」 「お家と言う名の、スタジオです! 岡山先生久しぶりっすね! 先生の手料理、俺めちゃめちゃ楽しみですよ~! そして、続木さん! なんと今回は、初めてご自身で包丁を持たれるとか!」 「そうですね、そうなりました」  俳優は軽く肩をすくめ、さらりと笑う。……裏話をすれば、もちろん、「そうなる」にあたって瀬野マネージャーの許可は得ているのだ。企画の一部変更について番組から連絡を入れた際、本日夕刻に日本を出立予定だった瀬野マネはちょうど搭乗間際で、傍らには事務所の社長もいたらしい。 「俺がちょっと指でも切ろうものなら一切オンエア出来なくなる、って聞いてるので、めちゃめちゃ慎重に頑張ろうと思います。岡山先生、ご指導よろしくお願いします」 「いやほんと、マジのマジに流血沙汰は勘弁してくださいよ!?」 「大丈夫よ! あたしの料理家人生を懸けて、続木君に怪我なんてさせないから!」  大仰なリアクションで場を沸かせる賀来と、にこにこ笑顔の岡山。それから、いつもの悠然と構えた「オーナーシェフ役」を脱ぎ捨て、ごくフラットに「続木黒也本人」として和らいだ表情を見せる黒也。三人の前には食材が山と並べられ、画面の華やかさは満点だ。

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