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広いスタジオの中、一カ所だけ点した照明は、まるで一人芝居のピンスポットみたいに見えた。
(これがもし、続木さんのための舞台だとしたら)
(あの人は全然臆さずに、最初の台詞を言うんだろうな)
観劇経験もろくにないけれど、瞼の裏にそっと想像してみるそれは、とても様になっている。
続木黒也は、光の真ん中に立つことさえ当然として生きる人。俳優だ。
章太は想像のシルエットを瞬きで拭って、煌々と照らされる厨房へと上がった。一文字も思いつかない芝居の台詞を放つ代わりに、シンクへ水を落とす。静かでまっすぐな水音が、真夜中のキッチンスタジオに見えない波紋を広げていった。
およそ二時間前まで、ここには溢れんばかりの光と賑やかな声、それから豪華なアンコウ鍋があったのだ。
その光景が幻ではなかった証拠に、シンクにも作業台にも、使い終わったままの調理器具が置きっぱなしにされている。章太は洗剤を泡立てたスポンジを片手に、手近な食器から水流に当て始めた。
「……章太?」
「え?」
水音をそっとくぐるように誰何の声がして、章太は水仕事の手を止める。月明かりの薄く差しこむ窓辺、ソファ周りの一角を区切るために立てられた衝立の向こう側から、今さっき思い描いたばかりのすっきりと背の高いシルエットが現れていた。
「続木、さん? え、あれっ……」
「お。やっぱり章太だった」
なんとなくそうかなーと思ったんだよな、黒也はそんな暢気なことを言う。こちらへとやって来る歩みの緩慢さ、発する声音のまろやかさで、彼がどうやら奥のソファで仮眠を取っていたらしいことはわかった。
(いやいやいや)
(スタッフさんももうみんな、全員、帰ってるんだけど)
一時間ほど残業して夜食用のおにぎりを握っておいてくれた講師陣はもちろん、日付もすっかり変わってからようやく撮影を終えた岡山、賀来、収録後半頃に様子を見に来た榎本プロデューサー始めすべてのスタッフが、とうに終電もない真夜中、それぞれ車に乗り合わせたり、タクシーを呼んだりして帰途に着いた。
それが、およそ三十分くらい前のこと。
スウィートホームクッキングの周辺は住宅街である。さすがにド深夜に機材搬出は出来ない。もろもろの撤収作業は翌日、陽の高いうちに、と判断され、同じように、教室側が管理する調理器具類も「明日、手の空いてる人で片付けましょう」という話で落ち着いた。……早い話が、みんなお疲れだからさっさと寝よう、というのが本音なんだろう。
(なんか、お祭りの後みたいなんだよな……)
章太は最後に建物を施錠する役回りを自ら申し出た。普段の退勤でもそうするように無人のレッスン室を一つ一つ見て回る中で、ふと、今からタクシーを呼んで自室へ帰るよりも、いっそこの妙に去りがたい余韻のまま始発の時間までゆっくりと後片付けでもしていようか。そんな気持ちが湧いてきて、一人、暗闇のスタジオまで戻って来たのだ。
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