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「あの、まさか……続木さんがまだ帰られてないとは、思いませんでした……」  そういえば収録後、アンコウ鍋をつついたあたりから姿を見た記憶がない。同じ頃に吉田マネージャーも見掛けなくなったので、明日のスケジュールがある彼らは早々にスタジオを離れたものだと思っていたのだが。 「ずっと寝てたんですか……?」 「ん? うん」  ぺたん、と間の抜けた音がするのに気付いて目を遣ると、厨房へ上がった黒也の足下は、携帯用の薄っぺらなスリッパだ。彼自身の格好も、ラフを極めたスウェットである。 「……なにかごはん、食べられますか……」  すっかり気が抜けてしまい、章太は気付いたらそんなふうに訊ねている。黒也は寝起きの瞳をぱっと輝かせた。 「食う!」 「一応ここ料理教室なんでひととおり材料は揃ってるというか、何でも作れますけど……、どうしますか? あ。アンコウ鍋はもう無いです。すっからかんです」 「あっさりしたやつがいいな。んー、お茶漬け? とかそういうの」 「ざっくり魚と鶏が選べます」 「鶏のお茶漬けなんてあんの?」 「え? はい。普通に、湯がいたささみをほぐして乗せるだけです……。それにしますか?」 「うん」  じゃあ、少し待っていてくださいね、と言い置いて、章太は黒也ご所望の食材を冷蔵庫まで取りに行く。白米は、アンコウ鍋に合わせて炊いたものがスタジオ内に残っていた。調味料もしかりだ。  手早くささみの下処理を済ませ、湯がいて、大振りのどんぶりに盛ったごはんの上にほぐす。それと出汁を合わせれば、ものの十分程度で夜食の完成だった。 「どうぞ」 「おー、マジ旨そう!」  黒也は嬉しそうに破顔して、「いただきます」と手を合わせる。そうして、見ている章太の方が気持ちよくなるくらいに旺盛な食欲を発揮してくれた。「旨い」「最高」と零す以外はほぼ無言で完食する。 「……えと、おかわりしますか?」 「ん? いいよ。あんまり食べ過ぎると調子崩す。だから、ごちそうさま」  空になった器と、きれいに揃えた箸を前に、黒也はもう一度手を合わせた。章太が緑茶を差し出すと、にこりと笑んで受け取る。 「章太、ほんと好きだなあ」 「え?」  ゆったりと湯気を上げる湯飲みへ目線を落とし、口元の笑みを消さないまま、黒也が呟く。それから顔を上げ直した彼は、「そういえば」と声音を切り替えた。

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