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「吉田のこと、構ってくれてありがとな。今更だけどさ」
「吉田さん? です、か?」
果たして、自分は彼女に何をしただろう。章太はつい眉を寄せてしまう。心当たりがない。……と、ふと気付いた。
「あれ? っていうか、吉田さんもまだ、いるんですか?」
「いないよ。彼女の仕事は、俺といっしょにここまで移動して、収録が終わるまで見守ること。だからクランクアップしたらすぐタクシー呼んで、早いうちに帰しました」
「あ、そうなんですね……」
「いつもは内勤で、現場は初めてですって言ってたからさ。俺はカメラの前に立ったらもう何も出来なくなるし、彼女が頼れる先輩なんてのもいないわけだし、ほんと瀬野さんも酷な人選するなーって思ってたんだけど……章太がフォローしてくれたから、吉田、現場楽しいですねって言って帰ったよ。ありがとな」
「……続木さんは、マネージャーさんのことまで気に掛けてるんですね……」
「ん?」
章太が言うのに、黒也はふわっと苦笑する。
「いま、そんな話だった?」
「でした。……と、思います……けど……?」
「うん。そっか。……俺からすれば、普通車免許持ってるってだけで白羽の矢を立てられた吉田は立派な被害者なんだよな。瀬野さんは「それも仕事だろう」って言いそうだけど」
「吉田さん、夜の高速を運転して来たんですよね……」
「運転してたのは俺」
「えっ?」
「彼女の免許は、いざと言う時に持ってる人間が同乗してた方がいいってだけの保険。そもそも吉田、ペーパードライバーだって言ってたから、危なくてハンドルなんか任せられない」
「そ……そうだったんですか……」
「何も出来なくてすみませんってずっと言ってて、それも気の毒だったんだよな。俺の代わりに現場と連絡取って状況知らせてくれたり、ごはん買い出してくれたり、ちゃんと助かってるよ、って伝えても、「そんなふうに気まで遣わせてしまってすみません」って逆に追い詰められてたっぽいから、俺にはもう打つ手がなかったっていうか」
「……」
そうやって自分で自分を責め続けていたのだとしたら、章太が声を掛けた時、吉田マネージャーは本当にようやく安心出来たのかもしれない。
(オレが彼女の立場でも、続木さんに気遣われたらよけいきついもんな……)
「章太からごはん貰った後、目に見えて吉田が元気になってくから、やっぱり章太のごはんはすごいなって思ってた」
「収録中にどこ見てるんですか……」
「章太。」
黒也はすらりと立てた人差し指で、まっすぐに章太の胸元を差した。水音が静かに響くシンクの並び、簡易的にテーブルと見立てた作業台。俳優はそこに気構えなく肘を着いたまま、こちらへ向けた人差し指の先をくるりと回す。もう片方の手には、ラフに持ち上げられた湯飲みが揺れていた。
さりげない悪戯を成功させたみたいに、小さく笑う。そんな表情が、ぎゅっと引力を持って章太の目を惹きつける。
……まるで、ドラマのワンシーンみたいだ。
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