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「収録終わったら、俺も絶対に章太のごはん貰おうって考えてたんだよ。そのために頑張った」
「……それ、は」
「迷惑?」
黒也は章太を見つめた瞳を、そっと細める。
(ずるい)
黒也のそれは、章太が頷くことなんて一ミリも想定していない表情だ。章太はじりとも動けなくなって、唇の裏側に歯を噛みしめる。何も出来ないまま、シンクに透明な水が落ちてゆく。
「仁香がなんであんなふうに言ったのか、俺は章太と出会って、初めてわかった」
葛城仁香。黒也がその女優との話をしてくれた時、なんて言っていたのだったか。
「『あなたは私の居場所になってくれない』って言われたんだよ。俺はほんとに、その意味がわからなかった。同じ家に帰るのに、それ以上の何が必要だっていうんだ? って思ってた。……でも、章太を見てたらさ、どうしようもなくわかったんだ」
(嘘だよ。だって)
誰も彼もきらきら輝く夜空にいて、そこから見下ろす地上の暗さに、何を見つけられる? 何もない。あるはずない。
(だって、──あるとしたら)
自分と、きっとほかにもう一人。それだけをやっと照らし出せる、小さな小さな光。章太の両手の中に守っている、章太だけの。
「章太の傍に居ると、俺は自分が『続木黒也』だってことを忘れられる。荷物をぜんぶ下ろした時みたいに、めちゃめちゃほっとするんだよ」
「──」
「俺はさ、章太のてのひらに守られたい」
ほかの誰にも見えないはずの、その光を、いま黒也が見つめている。そっと慈しむみたいに──羨ましがる、みたいに。
(この火に、あたりたいって……迷子みたいに)
夜空の遠く、遠くに、みんなのための星なら置いて来た。それはきっと必要な休息。けれどその星が無ければ、何も持たず地上に降りて来た彼には自分の道さえわからない。
(オレは、わかるよ)
(ずっと一生、見上げて走るって)
そう決めたんだ。だから、絶対に見失わない。続木黒也が輝くべき場所。たとえ黒也がどこに降りて来ても、章太の瞳が、この指が、彼の戻る場所を指し示してあげられる。
「もう会わなくなるから忘れるはずって、そんなふうに俺を置いて、勝手に消えようとしないでよ。……章太、頼むから、俺の居場所になって。章太がいい」
「……なん、で」
なんでそんなことを、言うんだ。
なんで、この心はこんなに……いつの間に、黒也のことばっかりを知っている。想っている。
どうして。
「章太のことが好きだよ」
どうやったら勝てる?
あの日、映画館のスクリーンに見ていた、大きな星空。『この想いは無敵だ』とタカトが言った。その純粋な強さが眩しかった。
(欲しかったんだ)
あんなに綺麗で、大きくなくてもいい。ほんのひとかけらでもいいから、同じ光が。
自分の中に。
いま、もし本当に章太のてのひらの上、小さな光が灯っているのだとしたら、それはあの日のタカトが──黒也が、くれたものだ。
(勝てるわけない)
章太は自分の両手をぎゅっと握る。それだけじゃ足らなくて、胸に引き寄せた。そうしたら、心臓が、肺が、ぎゅうぎゅうと絞られるみたいに苦しくなる。息を止めて、体を屈めた。心を守らないと。でも。
「……、も」
どうしても込み上げてくる気持ちが、震える声を生み出した。嘘をつけない。逃げられない。
助けて。
「──オレも、あなたが、好きです……」
真夜中のキッチンスタジオ。自分の言葉が響いてそして消えてしまうと、その後はただ静かに、星の降る音がしている。
うん、と隣で、黒也が頷く。それは誰よりもいちばんに章太を見つけ出せる、優しい人の声音だ。柔らかな毛布みたいに、ちゃんと抱き締めてくれる。『居場所』になる。……ここに、居る。
「きっと章太はそうだろうなって、思ってた」
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