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「あの……ほんとに、いいんですか?」 「ん? うん」  おずおずとエプロンを外しながら章太が訊ねると、大判の毛布を背に羽織った黒也は、こちらを見て嬉しそうに笑った。 「もちろん」  スタジオの窓辺、取材や打ち合わせのために据えられているソファには、黒也が持ち込んだらしい毛布と、教室の備品である電気ストーブが添えられ、ひとまず快適な温もり空間を形成することに成功している。  章太は「ほんとにいいのかな……」という思いをどうしても消せないまま、ソファの座面に膝を着いた。  それを待ち構えていたかのように、黒也は毛布をまとった腕を持ち上げ、章太の体を抱き込む。うわ、と驚く間もなく、やんわり引き倒され、二人してソファの上に横たわった。敷かれている側の毛布は、毛足が長い。優しいふわふわだ。頬に触れるその感触に心をくすぐられてしまい、つい、笑みがこぼれた。 「すげえ。夢かも」 「え?」 「俺の腕の中で、章太が笑ってる」 「……オレのこと、笑わない奴だって設定するのやめてください……」  大きなソファとはいえ、体の自由はほとんど利かない。そんな中でどうにか黒也の顔を見上げ、章太はかねてよりの不満を告げてみる。黒也は返す言葉を探しあぐねたように真顔になった。そうしてただぎゅっと、腕の力を強くする。 「続木さ……」 「章太って、ゲイ?」 「えっ?」 「これまでの恋愛遍歴に、男っている? 俺はいない。でも、自分のことは多分バイなんだろうなって思ってる。中学の時くらいからずっと、女の子のこと見るみたいに、男の体もえろいなーって目で見るから」 「……」 「いまも、章太のことがめちゃくちゃ可愛い。堪んない」  それがきっと嘘ではないことは、なによりも黒也の体温が伝えてきている。スウェットの胸元に当てたままの頬が、章太自身の熱以上に、ほかほかと熱い。その温度を耳にも染みこませるかのように、秘めやかな声音で、黒也が言った。 「すげえ好き」 「おっ……れは、その、自分をゲイとか、バイとか、思ったことはないです。好きだった人も、みんな女性だったし……で、でも、あの変な話なんです、けど、高校生の頃に、友達に見せられたAVが……トラウマ、で」  すうっと額あたりにまっさらな空気が触れて、黒也がこちらの顔を見ようとしていることがわかった。章太は目を上げる。 「あ、見せられたのは、ちゃんと普通のAVなんです。変なやつとかひどいやつじゃなくて、たぶん、ほんとに普通の……。でもオレ、は、女性の体に興奮するよりも、気持ち悪い、って思って。だから、良いなって思って好きになった人はいたけど、彼女が出来たことは一回もないし、……これ話すと笑われるんですけど、なんかこう、運命の人みたいな、そういう人相手じゃないと、え、えっ……ちも、出来ないと、思いま、ます」 「運命の人?」 「オレが自然に、触りたいなって思える人……。正直言うと、今まで好きだった人の誰とも、キス以上のことは想像出来ないし、したいと思えなかったから」 「俺は?」 「!」  黒也に訊かれた瞬間、かっと脳が燃えたような気がした。たぶん、それが答えだ。ずっと湿ったままだった導火線に、急に、火が付くみたいな。

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