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(続木さん、と)
てのひらにじわっと熱が染みて、どうしても確認したくなる。章太は右手を持ち上げて、黒也のスウェットの胸元に押し当てた。それをそろりと動かす。張りのある、固い感触。滑らかで、心地良い……。
(あ)
嫌がられてないかな。ふっと不安になって、目線を上げた。途端、黒也の片手がうなじのところを覆う。そのまま、彼の首元へと顔を埋めさせられてしまった。
「待って」
「つ、づきさ」
「ごめん待って。これ以上は無理。俺の理性に勝たせて」
「……」
理性?
「良かったほんとに、章太をホテルに連れ込まなくて……。ここ、章太の職場だもんな。大丈夫大丈夫。俺の理性は生きてる。不埒なことは考えてない。大丈夫」
「続木さん、あの」
「いっしょに仮眠取ろうって話したんだもんな。おかしな方向に話題振った俺が悪い。冷静に考えて、ここで破目を外したら明日の俺が社会的に死ぬ」
「……あの、怒ってないなら良かったです……」
どうやら、黒也の疲労は本物だ。それもそうか、と章太は一人頷く。番組収録後、用意されたホテルへと向かう気力も湧かず、どうしても横になりたくてこのソファに寝そべったが最後、すっかり寝入ってしまった、と話したくらいだから、相当だろう。
(始発が動いた時間くらいに、次のマネージャーさんが迎えに来てくれるんだっけ)
今夜はホテルではなくスウィートホームクッキングに居る、とすでに連絡は入れたそうなので、そのマネージャーさんが教室の門扉を叩くまでは、黒也もゆっくり眠っていられるのだ。
そんなふうに予定を聞く中で、章太も始発までここを出ないのなら、と、同じソファに誘ってもらった。だからこうして、いっしょの毛布に包まっている。
(あったかいな)
(……じゃなくて、ええと、そうだ。朝食を、なにか……)
黒也とマネージャーさん用に、朝、さっと食べられる何かを用意してあげたい。章太はとろとろとした睡魔に纏わり付かれながら、目の前のスウェットに描かれているロゴの文字を意味もなく追う。(例の俳優七人番組の公式スウェットらしい)
そうするうちに、そういえば、次にもし黒也に会えたら言いたかったことを思い出した。
「続木、さん」
「ん?」
「番組……今日の収録で、もう終わりだって」
「ああ、榎本さんがそう言ってたな。寂しい?」
番組はもともと一クールの予定でスタートしていて、本来なら、次の収録が最終回の予定だった。ただ、今回の撮影が想定外にボリューミーだったことから、榎本プロデューサーはこれを二週に分けて放送することで番組を締める、と決定したのだった。
だから、黒也と会うのは、これが最後だ。……ゆるゆると眠い中で、どうしてか章太はそんなふうに思っている。
「ありがとう、ございました。オレはきっとたくさん、至らなかったと思うけど、オレは……続木さんの力に、なれたかな……」
ちゃんと目を見て言うつもりだったのに、瞬きを繰り返していた瞼が、とろけてくっついたみたいにもう動かない。たぶん、言いたいこともちゃんとまとまってないだろう。これじゃダメなのに、と歯がゆく思いながらも、章太は押し寄せるやわらかな波に抗えず、ふわりと意識をほどいてゆく。
(……あ)
誰かのてのひらが、やわらかく頭を撫でてくれたような気がした。──「よく出来ました」と、認めてくれるみたいに。
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