49 / 61

・週刊誌に撮られた話 -02

「後で写真見せて。章太、絶対優しい顔して笑って映ってる」 「そ、そんなことは……。でも、はい」  本人命名『章太の笑顔コレクション』をねだってくる黒也にこそばゆさを覚えつつ、章太は頷く。  と。 「その前に、こちらをご覧いただけますか」  いつからタイミングを窺っていたのか、瀬野マネージャーが長机に一冊の雑誌を広げた。大きく引き延ばされた、荒いモノクロ写真。「続木黒也、お祝いディナー」の文字。 「……あ、これ」  黒也の横顔はともかく、章太の方は彼の肩越しに頭が見えるか見えないかくらい。それでも、二人が連れ立って店に来ていることは一目瞭然だった。 「やはり、高橋さんで間違いはないですか?」  章太の反応を見て、瀬野が訊ねてくる。章太は小さく頷いた。  この日の黒也の服装も、もちろん自分自身の格好も覚えている。これは確かに、自分たち二人の姿だ。  レストランの看板は画角から外れていて、ぱっと見た程度ではどこの店かわからない。けれど、実際に訪れたことのある章太の目には、ちゃんと記憶どおりの壁と扉が見て取れる。……あの夜、あの場所に、誰かが──週刊誌の記者が、いたなんて。 「これ、どうなるんですか……」 「この雑誌はあからさまなゴシップ誌ですが、これを発行する出版社自体は日本有数の大きな会社です。ですからこうして、来週発売のものをわざわざ送って寄越しています。不服なら差し止めろと、そういうことですね。弊社の決定として、これはこのまま発売されます」 「えっ?」 「うん。だって人違いだしな」 「ええっ?」  人違い? でも、これは確実に、いつかの自分たちだ。章太は動揺して、傍らの黒也を見上げる。  黒也はその綺麗な指先を、誌面のある箇所にとん、と乗せた。 「章太。ここ、声に出して読んでみ」 「え、ええと……『続木黒也の隣に立つのは、彼の従弟にあたる小山内虎生(おさないとらお)(当時十八歳)。小山内君は志望大学への入学が決まり、続木はこの日、それを祝っていたと思われる』……従弟……?」  さらに読み進めると、それが国内最難関と言われる医学部への合格だったこと、それもそのはず、「小山内君」は某有名病院の次期跡取り候補である、といった内容が、いかにもな物知り顔の文体で書かれている。 (某有名病院、って)  誌面に打ち出されている病院名は、章太にも見覚えがあった。いわゆるセレブ御用達病院で、大物政治家や大御所芸能人などがよく入院するところだ。そんな大病院の「跡取り候補」。まだ学生の身分でそんなふうに言われるということは、現院長の子供か孫か、つまり直系の身内なんだろう。 「……え、この人は、実在するんですか?」 「するよ」  黒也はあっさりと頷く。 「つかトラ、もう大学生になるんだな。俺はむしろそっちにびっくりした。最後に会った時、あいつまだ小学生だったぞ」 「会ったことあるんですか……? っていうか、もしかして、ほんとの従弟なんですか?」 「うん」  章太に肯定の返事をくれた後、黒也は何やら指を折って数え始めた。 「俺が最後に新年会に行ったの、七、八年前か。そりゃ小学生も大学に上がるな」 「新年会……」 「新年二日に親族が集まる食事会があってさ。トラとは、その食事会や法事で会ったことはある。ただ、向こうが俺を覚えてるかは微妙なとこだよな。俺はほぼ勘当された身でもうずっと新年会には行ってないし、仮に『従兄のクロヤ』は覚えてても、それが俳優の『続木黒也』だとは結び付いてないかもしれない」 「……です、ね」  人の記憶は、案外あいまいなものだ。『ナミコイ』の「タカト」と続木黒也とを結び付けられなかった章太には、首を深く倒すことしか出来ない。

ともだちにシェアしよう!