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・週刊誌に撮られた話 -05

「おー。瀬野さんが優しい」 「心外ですね。私はいつでもあなたに優しいですよ」 「あ、あのっ」  意見は合わないが気はよく合う二人がいつもの会話を始めるのに、章太は恐縮しながら声を上げる。ひとつだけ、どうしても聞いておきたいことがあった。 「瀬野さん……はその、僕たちのことを、ご存じなんですか?」 「ええ」 「い、いつから……でしょうか……」 「正確に「いつからだ」とは申し上げられません。続木の日々のようすから、私が勝手に察しましたので」 「……え?」  章太が目を丸めると、瀬野は少しだけ眉間を柔らかくする。苦笑かもしれない。 「仕事柄、続木と私は一日中行動を共にします。続木は非常に話し好きですので、楽屋にいる間はずっと何かしら話しています。話題は時によってさまざまですが、その中でも特に頻出するお名前があれば、私は経験上、その方が現在お付き合いしている相手なのだな、と判断します。これはあなたを含め、一度も外れていません。……そもそも、続木は私に対して交際相手を隠そうという気はないのでしょうね」 「そりゃ瀬野さんに隠す理由がないもん」 「え、で、でも」 「私としても、私に話すことで続木のガス抜きが上手く出来ているのなら一向に構いません。他人は信用なりませんが、私は自分の口の固さを信じられますからね」  瀬野の言う理屈は、芸能マネージャーとしては至極もっともだ。続木黒也は、誰彼構わずプライベートな話が出来るような人間じゃない。人目や第三者の耳があるようなところでは、口に出す話題そのものにすら気を付けなければ、思わぬ火を起こされることだってある。そんな場所で危険を冒されるよりは、自分相手に惚気てくれていた方が百万倍も安心だし、安全だ、と考えるのだろう。  それはわかるつもりだけれど、章太はすぐには動揺を拭えない。 「高橋さんが気に掛けているのは、お二人が同性同士である、ということですか?」 「……う。は、い……」  章太があまりに浮かない顔をしているせいか、瀬野から話を差し向けてくれる。章太は頷いて返した。 「オレは、その、正直めちゃくちゃ反対されるんだと思って、ました。あの……いいんです、か?」 「仮に私が『駄目です』と答えたところで、お二人は別れられるのでしょうか?」 「……」  正面から訊ねられてしまい、章太は言葉を飲む。そのままで、首を横に振った。それから、傍らの黒也を見上げる。 「俺もやだよ」  黒也はひどく優しい顔で笑って言う。瀬野は「でしょうね」とばかりに嘆息した。 「続木に過度なストレスを与えることは、私は良しとはしません。精神的な充足感とリラックスがなければ、パフォーマンスの質が大きく落ちるからです。もし今回、お二人の関係が人違いでも誤解でもなく『交際中』として世に出ていたら、と考えるのは、例えば明日、何か革命的なことが起きて、世論が一気に同性愛を肯定し始めるかもしれない、と考えるのと同じことです」 「下手の考え休むに似たり、みたいなことですか?」 「現時点では、そうなります。……ところで、続木の本日のスケジュールは先刻終えた打ち合わせで終了していますから、お二人には文字どおりに……、すみません」  短く断りを入れて、瀬野マネージャーはスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出す。静かに震えるそれの、通話を繋げた。  章太はあれ? と首を傾げ、隣の黒也に問い掛ける。 「予定、一つなくなったんですか?」 「ん? うん。先方の都合がつかなくなったんだってさ。もともと、どうなるかわからないって聞いてた予定だったし、今日は上がり早くてラッキーってことで」 「あ……じゃあ、ごはん、間に合わないですね……」 「うん。いーよ。せっかくいっしょに帰れるんだから、どっかで食べてこ」 「えっ」  自分たちの目の前には、まだ例の雑誌が開いて置いてあるままだった。これを見ながら、どうして外食の提案が出来るんだろう。 「平気平気。俺らどんだけ撮られてもいいって瀬野さんも言ってたじゃん」 「……その受け取り方は、だいぶ雑な気がしますけど……」  黒也の豪胆さは、章太からすればつくづく異次元のそれだ。でも、そんなふうに気楽に構えていてくれると、自然とこちらの心も軽くなる。 『黙認』と言えるほどはっきり肯定されたわけじゃないけれど、とりあえずは今の関係を大事にしていてもいい、と、瀬野は理解を示してくれた。そのことが、遅れてじわじわっと章太の心に嬉しい気持ちを生み出してくれる。 「イタリアンバルにする? あのちょっと騒がしいとこ」 「パスタがすごく美味しいとこですね。あと、ティラミスも」 「楽しいご相談の中、大変失礼なことと存じますが」  通話を終えたその口で、瀬野が言う。どこか事務的な、堅い口調だ。 「夕食のご予定はもう少し後にしていただきます。高橋さん、急にお呼び立てした上、さらに引き留めてしまって申し訳ないのですが……」 「えっいえ! 僕はだいじょうっ……」 「今からここに、弊社社長がいらっしゃいます。是非この機に、高橋さんに挨拶がしたいと」 「ぶ……、です……? え」  社長?  続木黒也が所属する、大手芸能事務所のトップ。俳優・続木黒也を見つけ出した慧眼の持ち主にして、黒也の恩人。 (その社長が)  挨拶を、自分に?  この機に、ということはつまり、黒也と自分の交際についての話は社長の耳にも届いている──と思って間違いないんじゃないだろうか。 「え、ええっ? そ、そん、なのむ、むりですっ……」  半ばパニックに陥りかけながら、章太は両手を振りたくる。瀬野は取り付く島もない仕事モードの無表情だ。「社長、そういえば章太に会ってみたいって言ってたな」と、黒也は相変わらず暢気なことを言う。  一転、会議室内には一人の味方もいなくなってしまったみたいだった。  そこにココン、と強いノックの音が立つのは、時間にして約五秒後のことである。

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