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・二人の初夜 -05
「章太」
「ん、んぁぅ」
黒也の指が抜き取られたのと、自分の両脚が大きく抱え上げられたのとは、ほとんど同時だった。
驚いて、章太は目を開ける。
「つ、づきさ……」
「くろや」
「っえ」
「くろやって、呼んで。『続木』は俺の名前じゃない。……章太」
「ん、ん」
次に何が起こるのか、わからない。息が上がって、心臓がどんどん言う。そして気付いた時には、さっきまで黒也の指が挿っていた場所に、別の熱が押し当てられている。
(あ)
「ま、って、……まって、だめ」
黒也の体を押し止めようとして、無意識に手を伸ばした。強い力が入るわけじゃない。それでも、そうせずにはいられない。
「だめ、……やだ、こわ、い」
こどもみたいなことしか言えなくなっている自分が、まるで自分じゃないみたいだった。章太はやっぱり見たことのない目でこちらを射貫いてくる黒也に向けて、ひっしで首を振る。
「こわい、くろ、や」
自分のそこはぎゅっと収縮していて、とても何かを受け入れられるような状態じゃない。それをちゃんと伝えたいのに、舌が回らない。
「章太」
黒也の声が低い。その瞳に、獰猛な光が見えている。章太の声は聞こえたはずなのに、頬あたりからすっと表情が消えていった。──別のひとに、なったみたいに。
「や、や、っだめ、」
「……っ」
ぐぐ、と圧迫感が増して、ローションで濡れそぼった場所の形が変わるのがわかる。章太は息を止めた。どうすればいいのかわからない。怖い。
「──」
大きく、大きく、誰かが息を吐いた。獣みたいな、荒い呼吸。繰り返す。何度も、ずっと。
(え)
押し当てられた圧迫感は消えないけれど、それ以上進んで来ることもない。そうする間に、黒也と目が合った。黒也は乱暴に頭を振って、濡れた前髪を払う。そうして、笑った。
「……止まれない、って、言っただろ……」
俺の話、ちゃんと聞いてた?
彼はそう言って、もう一度大きく、息を吐く。それから、力尽きたようにして章太の上に落ちてきた。はー、はー、と何かを耐えるような荒い呼気が、こちらの肌にぶつかってくる。
「ほんとに、初めて、なんだもんな……」
「つづ」
「くーろーや」
そんなふうに名前呼びをねだる黒也は、体を少し動かして、章太の胸あたりに自身の頭を落ち着ける。横向きになった頭部が胸の真ん中にちょうどおさまって、章太はつい、それを撫でてしまった。
黒也が笑う。
「こどもになった気分」
その声音にも、こぼした笑みにも、まるで屈託がない。たぶん、意図してそうしているのだ。空気を塗り替えるために。
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