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 それは月の出ていない仕事帰りの夜に起きた。  体のすぐ脇を通り抜けるかのような黒のワゴン車があった。危険を避けるために行き過ぎるのを待つつもりで立ち止まったら、車は遥の横で止まり、スライドドアが開いて無理矢理車に引き込まれた。抵抗しようとするのを二、三人がかりで抑え込まれる。 (あいつらだ!)  直感だった。だが、身動きができない。  鼻と口を何かの器具で覆われたかと思ったら、すっと意識を失った。 「……とお、さ、たか、とおさん」  名前を呼ばれて意識が戻った。  気がつくと全裸で診察台のようなところにうつぶせに縛り付けられていた。  布の猿ぐつわを噛まされている。  舌を噛ませないためか?  悔しさに布をかみしめる。が、噛みしめる力が弱い気がする。それどころか体がなんとなく重い。  室内は熱く体が微熱でほてっている。その上、甘ったるい線香のような煙が漂っており、少しむせた。  台から見えるところに、あの老人が現れた。その場に膝をつくと額をすりつけて土下座した。 「申し訳ない。本当に申し訳ない。時間がないのだ、わしにも。今仕上げなければ、もうできない。他の者を捜す余裕はなかったのだ。本当に申し訳ない。お父上からの責めはあの世で受けるから、どうか(こら)えてくれ。堪忍してくれ」 『許すわけがあるか!』  猿ぐつわの奥からそう叫んだ。が、老人は顔を背けるようにしてそれには反応せず、立ち上がると遥の横へ回っていった。  乾いた手が背中を撫でた。体は熱いのにぞっとして全身が粟立った。這い回っていた手は左肩に置かれた。消毒綿らしき冷たいものが肌を撫でた。  次の瞬間、ちくりとした痛みが背中を襲った。針を刺された。その部分から全身に電流のように寒気が走った。  何一つ抵抗できないまま、遥はその背を針に汚されたのだ。 『ちくしょう!』  くぐもった声で怒鳴る。だが体が重くて更に動けなくなっている。  そこからは針に遠慮がなくなった。  遥の背に無数の針の雨を降りそそぐ。  耳にあの老人の詫びの言葉が繰り返し届くのが震えるほど忌々しい。 「申し訳ない。時間がないのだ。今仕上げなければ、もうできない。本当に申し訳ない。どうか堪えてくれ。堪忍してくれ」  焼け付く痛みに、遥は呻き続けた。本来なら日数をおいて肌を休ませそうなものを、遥にはそれが許されなかった。痛みと熱と屈辱と怒りで気が狂いそうになりながら、遥は背になにがしかの模様を刻みつけられていった。  すべてが終わったのがいつか、遥にはわからなかった。頭が霞がかかったかのようにはっきりとしない。一日も経っていないような気がするが、それは錯覚だとわかっている。何度か食事代わりのゼリー飲料を無理矢理飲まされたからだ。ただ、最初の屈辱の針から何日間経ったのかは本当にわからない。

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