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「遥様」  突然声をかけられて、遥は跳び上がった。  桜木が頭を下げた。 「申しわけございません」  遥は憮然とした。 「何で俺なんかに様付けするんだよ。気色悪いからやめてくれ」 「それにはお応え致しかねます」  遥は桜木を見る。そこには動かしがたい意思があった。  遥は顔をしかめた。が、桜木はそれには反応せずに言葉を続けた。 「ご紹介したき者がおります」  桜木が寝室の戸口に合図を送ると、桜木より若いスーツの男が姿を見せた。 「わたくしの弟、桜木湊でございます。遥様とは同い年の二十四歳になります。本日よりこちらのお部屋の中で遥様のお世話を務めさせていただきます」 「桜木湊と申します。よろしくお願いいたします」  兄の紹介に頭を下げた湊は、凜々しい兄よりは愛嬌のある顔つきをしているが、どうせ頭は同じように固いのだろう。  俺が暴れたから手を打ってきたというわけか。  遥は肩をすくめた。  桜木が言った。 「桜木姓が二人になりましたので、これからは名をお呼びください。俊介あるいは湊と」  しばらくの間、遥はその名前を口の中で転がしてみた。  自分は様付けされて、年上の相手や今日会ったばかりの相手を呼び捨てというのは、どうも遥にはなじめない。 「とりあえずわかった。でも、言うかどうかは別だ」  桜木が苦笑する。 「承知いたしました」 「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」  そう言って遥が頭を下げると、桜木弟はひどくうろたえた。主筋に当たる遥に頭を下げられるのは居心地の悪いことらしい。 「遥様、先ほどの続きになりますが」と桜木が静かに言った。 「遥様はこの加賀谷の家の守護をなさる方。当主にも等しい立場の方です。わたくしどもごときがお世話するのも申し訳なく思っております。言葉に関しましては、ご容赦ください」  遥は馬鹿にしたように笑った。 「当主にも等しい? 違うだろう? 俺は当主のペットじゃないか。それともダッチワイフか? いずれにせよ、セックスにしか価値がない」  湊が目を白黒させているのが面白い。しかし慣れている桜木は相変わらずだ。 「それは誤解でございます」 「何だよ」 「申しわけございませんが、わたくしからご説明することは許されておりません。当主隆人よりお聞きください」 「誰があんな男に訊くか」  顔を思い出すだけでも気分が悪くなる。  犯罪者のくせに横柄で、遥の身も心も踏みにじる。  遥はベッドに身を投げ出した。 「さあ、とっと縛りつけろよ」  桜木が手を伸ばしかけて、躊躇した。 「遥様が落ち着かれたら、拘束はするなと申しつかっております」 「そんなこと言ってると、逃げるぞ」 「残念ながらそれは叶わぬことかと存じます」  諭すような言いように、かっとなって起き上がった。ベッドについた手の痛みにすくみ上がりながら、怒鳴る。 「どうして!」  桜木は真っ直ぐ遥を見つめながら淡々と言った。 「この部屋におりますのはわたくしどものみですが、外にも同じ役目を申しつかった者達がおります」  遥は唇を噛みしめた。それから再び横になると桜木に背を向ける。 「出てけ」 「失礼いたします」  桜木兄弟の気配が遠ざかっていった。

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