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 遥はふすまの前に正座させられている。  このふすまの向こうが茶番の舞台だ。  まだ人のささやきかわす声が波のように響いてくる。 『皆々様、お時間にございます』  誰かが声を張り上げた。  遥は身が震え出すのを抑えられなかった。 『ご静粛に、ご静粛に』  ざわめきが嘘のように静まった。 『我らが一族の頭領にして、守護の(おおとり)――加賀谷本家当主、隆人様のお成りです』  遥の脳裡に袴姿の加賀谷が浮かぶ。すました顔でふすまの向こうに集う人々を高いところから見下ろしているのだろう。 『本日皆様にお集まり頂いたのは、先刻ご承知のこととは存じますが、隆人様がついにつがいたる凰のおおとりをお立てになる御決意を固められたからでございます。選ばれました凰となるべき方は我らが一族の外よりお迎えすることと相成りました。ゆえに此度(こたび)は長く途絶えておりました正統な御披露目の儀式を執り行いまする。滞りなく事を運べますよう、皆様のお力添えを賜りたく存じます。このめでたき儀に披露目司の大役を賜りましたのは、わたくし――加賀谷泉谷家、宣章にございます。よろしくお願い申し上げます』  拍手でも起きるのかと思ったが、静かなままだった。 『これより、我らが鳳――加賀谷隆人様の、凰、御披露目の儀執り行いまする』  鼓動が異常に速くなっている。  基に耳打ちされた。 「すぐにふすまを開けますので、頭をお下げください」  遥は紙手鎖に縛められた両手を畳につき、頭を下げた。 『我ら眷属を統べたもう鳳――加賀谷隆人様、鳳に選ばれたまいし凰たるべき者はいずこにおわしますや』  披露目司がそう言った時、基が口早に言った。 「開けます」  遥の前で基と洋がふすまを左右に開くのがわかった。 「彼方(あなた)に控えし高遠遥を我が凰として選びたまいぬ。人断ちの時を経た凰にふさわしき純白の身と心、この披露目の場にて証を見しょうぞ」  ひどく古風な言い回しではあったが、その声は確かに加賀谷のものだった。 「鳳によりて選ばれたまいし者、高遠遥殿。その(おもて)を上げたまえ」  司の声に遥はそろそろと身を起こし、顔を上げる。  目に取り囲まれていた。男も女も、皆が遥だけを見つめている。  好奇心と卑しいものに満ちた視線に遥は貫かれた。  体に嫌悪感が満ちる。  その遥の思いを、披露目司の声が断ちきった。 「あの者に相違ございますまいか」 「応」 「我らが鳳に凰たるべしと望まれたまいし者、御身(おんみ)を望みたもうた我らが鳳のもとへいらせられませ」  披露目司の言葉に基がささやく。 「舞台下まで参ります。袴の裾にお気を付けください」  目隠しのあるせいで、確かによくわからない。手探りで袴を整え立ちあがる。  波のように遥を中心に動く視線を感じる。  目隠しがあるからこそ、この程度の圧迫ですんでいるのかもしれない。  気を散らさぬよう、遥はただ前を歩く基の背を見つめていた。  舞台下で基が立ち止まり、遥の右に場所を移って控える。背後を歩いていた洋が左に進み出る。  その場に再び遥は正座する。  目の前には舞台へ上がるための階段がかけられている。  舞台下に白い砂利でも撒かれていたら時代劇のお白州のようだ。 (さしずめ奉行はあの男と言うことになるわけだ)  加賀谷の視線を受けとめてから、遥はまた顔を伏せる。  背後からの熱気と圧迫は感じる。しかし、自分をなめ回すような目を見なくてすむようになった分、少し楽になった。  披露目司の声が近い。 「我らが鳳、隆人様にお応えたまわりたし。かの者の凰たるにふさわしき身の潔白、その汚れなき操、鳳はそれを認めたまいしか」 「応」  はっきりと聞こえる加賀谷の声に、遥は動揺した。  今まであまりに現実離れした場所に身を置いているために、夢の中でのできごとのような気がしてならなかった。しかし、既に聞き慣れた加賀谷の声はこれが現実だと遥に迫ってくる気がする。  そう、現実なのだ。  遥は加賀谷とその一族によって、選別を受けようとしているのだ。  披露目司が声を張る。 「我らが鳳はこの者――高遠遥殿が凰にふさわしき汚れなき身とのたまいぬ。これに疑義ある者は証を示し、この場にて申し立てられよ。証なき申し立て、偽りの申し立ては鳳と我らその眷属への裏切り。たちまちに我らがうちより除かれ、鳳と凰の守護を未来永劫失おうぞ。重々心して申し立てられよ」  司が息を吸う音が聞こえた。 「この者の身の汚れなさ、疑義申し立てる者ありや、なきや」 「謹んでお答え申し上げましょうぞ」  そう離れていない場所で、年配の男の声がした。背後に控える者たちの代表なのだろう。 「鳳と凰の守護受けたまいし我ら一同、鳳に選ばれたまい、凰とならんとするこの方の身の汚れなさ、疑う者誰ひとりとしてあらず」 「この者の身、凰たるにふさわしと鳳の眷属たる我ら一同に認められたまいき」  披露目司の声が一同に向かってそう宣言した。

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