6 / 7
第6話
「ラナン、知ってるかい? 今、ランディーナ王国の第一王子がザラ王国に来てるらしいぞ」
「えっ?」
いつもシロップのかかったケーキを買いに来る老人が、得意げに言った。
「なぜ、そのことを知っているんですか?」
接客用の笑みを顔に張りつけ、ラナンは昨夜出会った金髪碧眼の青年を思い出した。
「うちの姪っ子が迎賓館で働いててな。昨日会った時に教えてくれたんだよ。ケーキのお礼としてな」
「そうなんですか」
何事もなかったようにケーキを箱にしまったラナンは、それを老人に手渡し、銅貨を受け取る。
「なんでも、ランディーナ王国の王族ってのは、褐色の肌に金色の髪と青い目をしてるらしいじゃないか。もしかしたらリクは、ランディアーナ王族のご落胤かもしれないぞ?」
からかう老人の言葉に、ラナンは心臓が止まりそうになった。しかし「違いますよ」とにっこり笑うと、何度も口にしてきた作り話を始める。
「リクの父親は西洋から来た旅人でした。確かに彼は金髪に青い瞳でしたけど……褐色の肌は、東方で生まれた私の祖母に似たのでしょう」
「そうなのかい? 残念だねぇ。ランディーナ王国の第一王子は、先月事故死した第二王子の子どもを探しにきたって話なのに」
「息子を……探しに?」
この言葉に、ラナンは一瞬呼吸することを忘れた。
「あぁ、だからリクが第二王子のご落胤なら、将来立派な王子様になれたのになぁ」
片手を上げて店を出ていった老人に「ありがとうございました」と頭を下げると、じっとりと汗をかいた手を握り込んだ。
(リクが、ランディアーナ王族のご落胤?)
カリナが恋人の惚気話をしていた時だって、そんなことは一言も言っていなかった。 恋人は東方から来た孤独な旅人で、褐色の肌に金髪碧眼というエキゾチックな容姿をしているとだけ言っていた。
しかし東方へ行けば、褐色の肌に金髪碧眼の人がたくさんいるのだろうと、ラナンは勝手に思っていた――いや、近年は必死に思い込もうとしていた。
幼い頃、東方には褐色の肌に金髪碧眼の部族がいると、本で読んだことがある。
しかもその身体的特徴は限られた部族にしかなく、ランディーナ王国を建国した、ランディアーナ一族という、遊牧民族だけに現れる特徴だった。
このことから、ラナンはリクがランディアーナの血を引く者ではないかと、薄々気づいていた。
読書も勉強も大嫌いだったカリナには、ランディアーナ王族についての知識がなかったのだろう。
カリナは頭の回転が速く、優秀なオメガ性だったのだが、享楽家だった父に似たのか、その知恵と賢さは、人生を華やかに謳歌することと、金銀財宝に囲まれることにしか向けられなかった。
だから、家が取り潰しになると決まった時、彼女は発狂した。
ひどい癇癪を起こして家中の物を壊し、侍女も手がつけられないほど暴れ、形相は鬼のようだった。
「こんなことになったのは、亡くなったお父様のせいだわ! 今すぐ墓を暴いて、心臓にナイフを突き立ててやる!」
彼女の怒りが収まるまで一年かかった。
しかし、母の死によって彼女の心に変化が起きたのか。カリナは自ら仕事を探して働き出したのだ。嫌々ではあったが。
その店で東方の旅人に出会い、リクが生まれた。
けれどもカリナは、日々大きくなる腹を忌々しげに見つめていた。
ラナンは自分にとって、甥か姪になる赤子の出産を心待ちにしていたが、この時すでに旅人と別れていたカリナは、毎日不機嫌でため息ばかりついていた。
そうして赤ん坊が生まれた時、ラナンは泣いて喜んだ。
生命の誕生の瞬間に立ち会えたことにも、深く感動した。
そしてやっと出会えた愛しい甥は、世界で一番可愛かった。
リクを取り上げた産婆は、褐色の肌に金髪碧眼の赤ん坊を複雑な表情で見ていたが、「おめでとうございます」と言葉を残すと、周囲を片づけてラナンの家を出ていった。
それから初めての子育てに悪戦苦闘したのは、ラナンだった。
子どもを産んですぐのカリナは思うように動けないので、代わりにラナンがおしめを替えたり、あやしたり、粉ミルクを飲ませたり、寝かしつけたりしていたのだ。
しかし、身体が自由に動くようになると、カリナはラナンに言ったのだ。
「私が自由でいるために、この子は邪魔なのよ。だから兄さんにあげるわ」
この時の胸の痛みとショックを思い出すと、今でも辛くて悲しい気持ちになる。
でも、決めたのだ。どんなことがあってもリクを幸せにすると。
常連客の老人と会話した後、ラナンは再び娼夫になる決意を固めた。
(それが、リクの幸せに繋がるのなら……!)
ともだちにシェアしよう!