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第3話・クラブ「COSMIC TUNE」
翌日、午前十一時。
俺は駅前の喫茶店で注文したコーヒーを一口飲んだ後、咥えた煙草に火を点けてから「彼女」に言った。
「……悪意があったとは思いません。あなた自身、このことを知ったのは最近なんじゃないでしょうか」
「………」
俺の正面に座った女性――奥寺美香は、長い睫毛を儚げに伏せ、左手の薬指に光る小さな指輪を見つめている。その目の下には隈ができていた。顔色も良くないし、髪に艶も無い。
人を怨み、心で呪うという行為がどれほど自身を蝕むか。彼女は身を持って体験したはずだ。例えそれが無意識下であったとしても。
「健太郎さんへの強い想いが、何らかの拍子である時から外形を得て、生身のあなたの代わりに彼に憑いてしまったんだと思います。その理由は、やはり健太郎さんの浮気ですか?」
「浮気だなんて思っていません」
奥寺美香が顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見た。
「私も馬鹿じゃありませんから、男の人がそういう遊びをするのはある程度仕方ないと理解しているつもりです。婚約といっても、まだ籍を入れた訳でも、子供ができた訳でもありませんし……」
疲れ切った彼女の瞳には涙が浮かんでいる。
「だけどまさか、その相手が男性だったなんて……」
「………」
「騙されたと……裏切られたと思いました。こんな婚約、破棄してやりたいと一度は思いました。何度も彼にそれを告げようとして、でもできなくて……」
「………」
「彼を愛しているから……。辛くて、だから……」
「だから、彼から全てを奪おうと思ったんですね。次期社長の肩書も、約束された将来も、財産も」
「……彼が何もかもを無くしたと気付いた時、傍に私が居たかったんです。そんな健太郎さんでも私だけは生涯愛し続けることができるんだって、知ってもらいたかったんです……。そうすればきっと彼も……」
俺は伸びた灰をガラス製の灰皿に落とし、無言のまま心の中で溜息をついた。
愛しているからこそ彼の全てを奪うだなんて、さすがは健太郎に取り憑いていた女だ。一つ二つネジが飛んでいる。
全く、女なんて。
「………」
いや、実際恋に狂い追いつめられたら誰しもこうなってしまうのだろうか。ひょっとしたら俺も例外ではないのだろうか。
「僕は健太郎さんにあなたのことを話すつもりはありません。だからあなたも、彼に送っている想いを緩めてあげてくれますか」
「でも、一体どうしたら……?」
「健太郎さんを信じてあげて下さい。彼もあなたを愛してるんですから、以前のように素直に彼と接してあげれば、健太郎さんもこれまでのことは自然と忘れると思います」
弱々しく頷いた奥寺美香は俺に頭を下げてからゆっくりと席を立ち、そのまま店を出て行った。
「………」
紫煙が天井に伸びてゆく。
俺はもう一度溜息をつき、コーヒーカップを口元に引き寄せて言った。
「……そういうことだよ、リオ」
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