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クラブ「COSMIC TUNE」・2
「む……」
俺の背後の席で、美香が入店して来た時からずっとこちらに背を向けて座っていたリオが頬を膨らませながら振り返る。
「なんか俺、すげえ悪者扱いされて嫌な感じ。こっちは仕事だっていうのにさ」
「そう怒るな。リオも彼女の立場で考えたら分かるだろ」
「分かんない。俺、好きな人取られたことなんて一度も無いもん」
「……あっそ」
たった一、二度の売り専通いを許せなかった彼女が、リオに念を向けなかったのは奇跡と言える。彼女も健太郎の肉体を通して、リオと何度も会っていたはずなのだ。
この美しい青年を彼女はどう思ったのだろう。憎んだだろうか、それとも同情したのだろうか。
「それより煌夜さん、この後どっか行く? 俺今日休みだから朝まで付き合えるよ?」
俺は苦笑して伝票を摘み、立ち上がった。
「俺は事務所に戻る。依頼人が来る前に、理人に報告しなきゃならない」
「えー。今日はせっかく誘ってもらえたと思ったのに。念入りにシャワー浴びてきたのに」
「徒労だったな」
「ほんと冷たいね……。そんなに理人さんの方が大事なのかよ」
「彼女の気持ち、分かったか?」
「分かりません!」
リオと店を出た俺は、腕時計に目を落としてから横断歩道に向かって歩き出した。
健太郎が事務所に来るまでまだ幾らか時間がある。真っ直ぐ帰っても良かったが、ふくれっ面で隣を歩くリオを勝手に呼んで、傷付けるだけ傷付けて帰すのは流石に良心が痛む。
「……リオ、どこか行きたいなら少しだけ付き合うけど」
「ほんとっ? じゃあ、じゃあ」
「ホテルで休憩は無しだ」
「えー。それじゃ特に行きたい場所なんて無いんだけど」
「お前……」
「ごめんね、欲の塊で」
はにかむリオに呆れながら俺も口元を弛めて笑った。こいつも理人同様、本当に素直な男だ。これだけ自由に生きられれば、特殊な能力なんて無くても人生勝ち組だと思う。
「それじゃ、煌夜さんまたね! 俺も何かあったら相談しに行くからさ、その時はよろしく!」
「ああ」
元気よく駆けて行くリオの背中を見送った後、俺はスマホを取り出して理人宛てにこれから戻る旨を伝えた。
数分もしないうちに返信が来る。
『お疲れ! 今日は夜仕事だから、夕飯適当に食ってくれ』。
なんだ、理人は今夜いないのか。だったら俺も久し振りに自分の家に戻ろうか。昨日はホテルに泊まったお陰で久々に広いベッドで寝られたけど、何しろここ最近は俺も理人も事務所に泊まり通しだったから、お互い家には碌に帰っていない。
と言うよりもむしろ、俺にとって家なんてあって無いようなものだった。
今住んでいるマンションの一室は、五年前、理人が俺の為に用意してくれたものだ。だけど仕事が無い日も何だかんだで理人と飲みに行ったり、そのままホテルやネットカフェに泊まったりしてるから、ここ数週間は家を空けっ放しにしている。それに事務所にはシャワーも休憩用の簡易ベッドもあるから、わざわざ寝る為だけに帰る手間が面倒という理由もあった。
電気メーターが緩く回っているだけの1LDK。表札も何もない、俺の部屋。
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