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クラブ「COSMIC TUNE」・3

 仕方ない……帰るか。今日のところは、その無味乾燥な部屋に。  柳田グループが管理しているビルの五階でエレベーターを降りた俺は、途中コンビニで買った煙草の封を開けながら事務所のドアを開いた。 「ただいま、理人……」 「おお! 煌夜、大丈夫だったか? 坊ちゃんの婚約者に何もされてねえか?」  ソファで昼寝をしていたらしい理人が慌てて駆け寄って来て、俺の肩に腕を回す。 「何をされるって言うんです」 「だって女って、切羽詰まると包丁握って迫ってくるじゃねえか」 「それは理人の周りの女だけでしょ」 「いや違う、ドラマとかで……」 「どっちでもいいですけど、今夜俺も家に帰ることにしたんで事務所の鍵ください。健太郎さんが帰った後、俺も戸締りして直帰します」  新品の煙草を咥えると、理人が火の点いたジッポを俺に向けながら言った。 「それが、さっき坊ちゃんから電話があってな。彼女が全部吐いたらしい。取り乱してて傍にいてやりたいから、また日を改めて礼に来るってさ」 「なんだ、じゃあ今日はもう上がっていいんですね。理人は何時頃に事務所出るんです?」 「うん。考えたんだけど、煌夜。お前も今夜俺のクラブ一緒に来ないか?」 「え」 「今まで一度も連れてったことないだろ。俺自身あんまりそっちに行くことないんだけど、今日は締め日だから顔出しとかねえとって思ってさ。ついでだから連れてってやるよ」 「………」  興味が無かったから今まで敢えて聞かなかったけれど、クラブって言ったらあのクラブなんだろうか。大音量の音楽がただただ耳障りで、大勢の人間がひしめき合う、何が面白いのか俺には全く分からないあのクラブだろうか。  行きたくない……。リオに連れ回されてた方がまだましだ。 「な、煌夜。どうせ暇だろ?」 「暇ですけど、乗り気じゃないです」  露骨に嫌悪の色を浮かべた俺の顔に、理人が焦って首を振る。 「分かってる、どう考えても煌夜には不似合いな場所だ。だけど俺的には、その……」 「俺的には、何なんです」 「ウチの人間に煌夜のこと紹介しときたいってのもあるし、それから、お前に俺の職場を見てもらいたいっていうか……」  俺は煙草の煙と共に大きく溜息をついた。  とどのつまり、自分の職場を俺に「鑑定」してもらいたいということか。 「一番高い酒も飲み放題にしておくから。ささっと見て、嫌だったらすぐ帰ってもいいから」 「……分かりました、行きますよ」 「よっしゃ! それでこそ俺の煌夜」 「俺の、じゃありません。……正直俺は人ごみが好きじゃないし、見たらすぐに帰りますからね」 「大丈夫、変な奴らが寄ってきたら俺が退治してやるからさ!」  すっかり機嫌が良くなった理人が、俺の肩を抱いて笑う。本当に嘘の付けない男だ。まぁ、こんな笑顔が見られたなら行ってやっても良いか。

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