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毒・4
「二階と三階は今後、企業向けのイベントやフロアの貸し出しもやっていこうと思ってます。入口を一階とは別にして、二階直結のエントランスを作る必要がありますが」
「丁度いい、次にやるオークションの会場を探してたんだ。このくらいの、広すぎず狭すぎずのフロアなら親父も納得するだろう」
「そうですか、良かった」
理人はそう言ったが、俺は膝の震えを隠すため足に力を入れなければならないほどの恐怖を感じていた。
「………」
悠吾の頭の中で描かれている「オークション」、それは若く健康な男を集めて行なう人身売買だった。柳田悠吾の邪悪さに理人は気付いていないのだ。悠吾は自分にとって我儘で鼻持ちならない金持ち息子、なのに決して逆らえないという程度の認識でしかない。
――居て欲しくない。理人の傍に、こんな男を居させてはならない。
「時に、社長」
悠吾が俺の肩を強く抱き寄せ、言った。
「この美しい青年は、もうお前の物になっているのか?」
「どういう意味です」
「彼を抱いたのかという意味だ」
理人が黙り込んだのを気にせず、悠吾が続ける。
「お前は美人の男に弱いからな。隠してるけど知ってるぜ、女は抱けねえんだろ」
「………」
「俺は女も男も好きな時に抱く。お前が彼を抱き尽くして飽きがきてるなら、俺が引き取ってやっても良いが――」
「勘弁して下さい。煌夜は俺の家族も同然なんです」
理人はかろうじて笑っているが、その目は恐ろしいまでに据わっていた。
「勘違いするな、変態向けのエロ動画に使うんじゃねえ。俺が個人的に味見してえだけさ。家族だって言うなら、俺の元に嫁がせた方が彼のためにも良いんじゃねえか? 今よりずっと贅沢な暮らしをさせてやれる」
なあ、と悠吾が俺の髪に鼻先を埋めた。抱き寄せられた肩がゆっくりと撫でられ――その手が、肩から脇腹に移動する。
「悠吾さん、煌夜は」
「黙ってろ」
片手で一つ、二つ、シャツのボタンが外されて行く。理人の目が見開かれ、閉じた口の中で歯を食いしばっているのが分かる。
肌に触れられるくらい何てことない。怒るな、理人。怒らないでくれ。
「滑らかで美しい、陶器のような肌だ」
露出した肩に口付けられ、耳の後ろから後頭部をゆっくりと揉まれる。俺は身を固くさせて正面を見つめていた。理人の顔は見られない。ただほんの少し、桜の香りが強くなる……。
気付けば俺達の周囲から従業員と客は消えていた。悠吾の護衛である三人の黒服の男だけがソファの後ろに立ち、理人の挙動を監視している。遠くで従業員が他の客を別席に移動させていた。心など読めなくてもここにいる全員、理人が発する只ならぬ殺気に気付いているらしかった。
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