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第5話・壮真理人の葛藤
……あの夜、煌夜と出会えたのは幸運だった。俺だけに与えられたチャンスだった。頭が良く馬鹿丁寧な喋り方をする割に中身は年相応の子供で、出された食事を美味そうに食い、口周りを汚しながら笑っていた。
煌夜の不思議な力で俺にも運が向いてきたのは事実だ。つまらない仕事につまらない食事、鼻持ちならない連中に頭を下げ、金のためだけに生きてきた日々。たまに繁華街で引っかけた男を抱いても、絡んできた同類の輩をぶちのめしても、気持ちが満たされることなどなかった。
煌夜は俺の薄汚れた人生に少しずつ新たな色を足してくれた。俺は煌夜に人間らしい暮らしを約束し、煌夜は俺に誰かと一緒にいることの安心感というものを教えてくれた。
煌夜――あの日、俺が彼に与えた名前。
凡人の俺には決して見えないモノを見ている彼は、まさに俺にとっての光だった。
だから。
「そんなに硬くなるな。リラックスしろ、社長」
「はあ」
重厚なソファに腰掛けた俺の正面で、柳田悠吾が口を歪めて笑った。両隣にはボンテージ衣装を身に着けた半裸の青年がついていて、悠吾にしがみつくように体を密着させ、熱っぽく悠吾を見つめている。
「先月始めたんだけど、なかなか良い店だろ。綺麗な兄ちゃんがサービスしてくれるセクキャバみてえなモンだ。接待に使っていいぞ」
言いながら、悠吾が右隣りの青年の腰を撫でた。あの夜、クラブで煌夜にしたのと同じ手付きだ。思わず舌打ちが出そうになる。
「社長も誰か横につけていいんだぜ。好きなの選べよ」
「いえ、俺は結構です。それより悠吾さん、フロアで行なうオークションの件ですけど」
「ああ。親父に言ったら俺に全て任せてくれるらしいから、年末辺りで借りることになると思うぜ。エントランスの増築が間に合いそうにないなら今のままでも良い。どうせいつもと同じ客数だしな、売上げの一割は社長のとこに回してやる」
「具体的に何を競りにかけるのか、まだ聞いてません」
「知らなくていいさ。俺達が管理するから、社長はその日休暇でもとって、のんびり過ごしててくれ」
「そういう訳には」
「知らない方がいいって言ってんだ、分かるだろ?」
煌夜に言われた言葉が頭の中で渦を巻く。――「人間を商品としたオークション」。本気でやる気だ、こいつ。
「俺の想像が合っていればですけど、ウチのクラブだと大っぴら過ぎませんか。ガサが入る可能性もあるし、……」
言いかけ、止めた。国家権力とも繋がりのある奴らだ、警察をちらつかせたところで何の脅しにもならない。
「社長」
腰に回していた腕を下へ滑らせ、悠吾の手が青年の股間に触れる。「んっ、……」頬を赤らめた青年が悠吾の頬に口付け、甘い声で鳴いた。
「そのオープンな感じがいいんだ。一階二階の一般客がカモフラージュになってくれる。三階で何が起きようと、外からは絶対にバレることはない」
それに、と悠吾の手が青年のホットパンツの中へねじ込まれた。
「今回のイベントは小規模なもので、想像しているよりもっとチープでソフトなものだ。人間一人の人生が終わるようなモンじゃないし、金額もそこまで跳ね上がらないだろう。イベント自体はグループの懇親会みてえなモンで、オークションは余興の一つでしかない」
「ん、あ、……悠吾、様。……もっと」
「良いモン持ってんな、お前も出るか? この体なら結構な値が付くだろうよ」
「………」
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