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壮真理人の葛藤・5
悠吾から解放され、煌夜の元へ戻って来られたことの安堵が俺にそんな台詞を言わせた。一度口に出してしまえば、もう止まらなかった。
「お前のことは弟みてえに思ってたけど、違う。……煌夜、お前は俺に幸運を運んで来てくれた存在なんかじゃねえんだ。誰かを好きになるっていう人として当然の気持ちと、……誰かを守りたいって、男として最高の誇りを俺に持たせてくれた」
扉の向こうは静まり返っている。
「幸せにする。絶対に後悔させねえし、お前が持つその力から受ける代償も、俺が一緒に貰ってやる。必ずお前を守る。だから――」
俺はシャワールームの扉に手をかけ、裸のまま廊下へ飛び出した。
「だからお前も、俺を受け入れて欲し……って、いねえっ!」
廊下奥の事務所に続くドアが開き、煌夜がずぶ濡れで立ち尽くす俺を見て、……呆れたように言った。
「体くらい拭いてから出て下さい、子供じゃないんだから」
「う、いや……違う、俺は」
真っ赤になる俺を廊下に残して、煌夜がドアを閉める。最低最悪の馬鹿になった気分だった。
「何食いに行きますか?」
「居酒屋でいいだろ、ちょっと安酒飲みてえ気分だしよ」
午後八時の空の下、煌夜と並んで飲み屋街を歩く。
さっきのことでバツが悪いが、あれを煌夜に聞かれていなかったことは、それはそれで良かったのかもしれない。二人してぎくしゃくするよりは俺だけが気まずい思いをする方がましだ。
「居酒屋はうるさいし、落ち着けないから好きじゃないです」
「じゃ、個室がある所にしようぜ」
それなら、と煌夜が頷く。マフラーに口元を埋めたその顔が愛しくて、思わず頬が弛んだ。
「ご新規二名様でーす」
通された個室は狭く、向かい合って座るのではなく隣同士で並ぶタイプの造りになっていた。目の前はガラス張りで七階からの夜景が見渡せる。どちらかといえばカップル向けの個室だ。
「静かだな、密室感高けえし」
「テーブルも狭いですね。一度にあんまりたくさん頼まないようにして下さい」
雰囲気を出そうと思ったが、煌夜はそれどころじゃないらしい。マフラーをどこに置くかとか、胡座をかいていたら掘り炬燵の意味がないとか、コートがヤニ臭くなるのではとか、どうでもいいことばかりを気にしている。
「なあ、煌夜」
俺はその肩を抱き、耳元で笑った。
「何でも好きな物食えよ。テーブルに置けねえなら、俺が持っててやる」
「ち……近いです、ちょっと」
「取り敢えずビールだな、乾杯しよ」
「俺は烏龍ハイで」
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