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壮真理人の葛藤・7

 触れた唇はハニーマスタードの味がした。絡む舌も蕩けるように甘く、吐息は温かい。  煌夜は俺の体にしがみつきながら息を荒くさせていた。慣れないキスに付いて行くのに精一杯で、俺に翻弄されっぱなしだ。 「ん、んぅ……」  時折漏れる声が堪らなかった。何でもいいからとにかくこの場で押し倒してしまいたい――プロポーズの場所を間違えたか。 「り、理人……」 「……煌夜。今すぐ抱きてえ。今すぐお前とセックスしてえ」 「だっ、駄目です。こんな場所で……絶対駄目です」  すなわち場所の移動を希望しているのだが、爆発寸前までに赤面している煌夜には伝わらない。  煌夜が赤くなっているのは恥ずかしさと酒のせいと、俺の「念」をもろに浴びているせいだ。煌夜を愛おしく大切に想う気持ちと、反面、めちゃくちゃに抱き潰してやりたい欲望とを、至近距離で受け続けているからだ。  その目は蕩けて潤み、頬は上気し、半開きの唇からは熱い息が漏れている。本当に爆発してしまうのではと心配になったが、……煌夜は笑っていた。  そして。 「好きです、理人」 「あ、……」 「貴方の傍に、いさせて下さい……」 「ば、かやろ……そんなん、言われたらっ……」  煌夜の赤面が俺にまで伝染してしまう。  俺達は見つめ合ったまま視線を逸らすことができず、追加のビールを持ってきた店員のノックでようやく、慌てて体を離した。 * 「社長らしくないですね」 「うん、社長らしくない」 「てめえら、人を何だと思ってる」 「だって煌夜さんと一線越えてないこと自体が社長らしくないのに、告って付き合うことになったのにまだヤッてないなんて、ますます社長らしくないじゃないですか」  翌々日。開店前のクラブに出向いた俺は、スタッフルームに呼んだこの二人を前にまたしても赤面する羽目になった。 「壮真社長って、意外とウブなんですね」  金髪の遊び人である龍司(りゅうじ)と、 「うん、中学生みたい」  ドレッドヘアを後ろで縛った正尚(まさなお)。  この二人はクラブオープン当初からここで働いていて、俺が一番信頼しているスタッフだった。悠吾がVIPに来た例の夜、煌夜を気遣ってくれたのもこの二人だ。ずっと昔に半グレ状態で夜の街を彷徨っていたのをスカウトした訳だが、彼らは居場所が無かっただけで、働き口を与えれば実に真面目に取り組んでくれた。この街には、そんな若者がゴロゴロいる。 「その話は置いといて、だ。ここからは仕事の話。初めに言っとくがこれはお前らにしか話さねえし、全部聞いて嫌だったら断っても構わねえ」 「断る訳ないでしょ、何でも言って下さい」  秘密というものが大好きな龍司が、待ちきれない様子で座ったまま身を乗り出した。 「……あのクソッタレ息子が言ってた『オークション』の話は聞いてるな?」  龍司と正尚が顔を見合わせる。 「はい、ウチのフロア貸し切るってやつですよね?」 「触りだけ聞いてますけど」  俺は悠吾から送られてきた契約書を目の前のテーブルに滑らせ、二人に全てを説明した。

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