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選ばれた堕天使・6

 ホテルを出た後、俺が店に戻ることはなかった。そのまま車に乗せられ、知らない場所へ連れて行かれたからだ。  俺のいる店と大して変わらない古びた雑居ビル。そこの四階までエレベーターで上がる間も、車の中でも、この日何度目かのセックスが終わった後も、悠吾はずっと俺の手を握っていた。  静まり返った廊下を悠吾と二人で進み、ある部屋のドアの前で止まるよう手を引かれる。  ノックもなく悠吾が開いたドアの先は、まるで華やかな舞台のバックステージのようになっていた。綺麗で洒落た衣装が何枚もかかったキャスター付きラック、アクセサリーや小道具が並べられたシェルフ、巨大な姿見に、お姫様が使うようなドレッサー。前に映画で見た、ドラァグクイーンの控え室みたいだ。 「ここでお前をより美しくして貰う。イーゲル、起きろ」  悠吾が声をかけると、目の前のソファに横たわっていたマネキンが突然動き出してギョッとした。  ヒョウ柄のパンツに黒いTシャツを着せられたマネキン――ではなく、れっきとした人間の男が、被っていたハットを脱いで俺達に頭を下げた。 「お待ちしておりました悠吾様。今回の大役、このイーゲルにお任せ下さり感謝致します」 「時間がねえ、彼をCクラスで仕上げろ」 「かしこまりました。……綺麗な子だね。久々のCクラス腕が鳴るよ」  茶髪のウェーブヘアから覗く耳には幾つもピアスが付いていて、眉と唇にも穴があいている。爪には黒のマニキュア、シャツの襟首からはトライバルのタトゥーがチラ見えしている。  いかにもスタイリストといった感じのこの男に、俺は軽く頭を下げた。 「じゃあなリオ、頑張れよ」 「う、うん」  悠吾が行ってしまったことに少し不安を感じたが、目の前のイーゲルという男はニコニコ笑って俺を見つめている。 「リオ君だね。君に最高額を付けろという悠吾様からのミッション、必ず一緒にクリアしようね」 「はあ……」  握手を交わした後で、イーゲルが先程のソファに腰を下ろしながら言った。 「じゃあ、自己紹介してみてくれる? 大きな声でね」 「リ、リオです。十八歳。東京BMCで売り専やってます。好きなものはチーズで嫌いなものは辛いもので、……」 「ストップ」  イーゲルが片手を突き出して俺の自己紹介を遮った。 「もう少し可愛いこと言わないと。自分を『俺』って言うのもダメ。好きなものは洋菓子の中から選んで、嫌いなものは言わなくていい」  意味が分からず、俺は目を瞬かせながら目の前のイーゲルを見つめた。 「自分のことは……そうだな、名前で呼んで。リオは、って。あと、売り専なんてとんでもない。絶対言っちゃダメ」 「……先に説明してくれよ。突然そんなこと言われたって、意味が分かんない」 「君は『Cクラス』で売り出されるんだ。商品はそれぞれAからCまでクラス分けされるんだけど、君はC」 「それは何なのさ」  むくれながら説明を要求すると、イーゲルがソファの上で胡座をかいて言った。 「Aは普通の男の子。特に手は加えない天然物。Bは調教済みの子。俺の相棒のヴェルターが今も別室で頑張ってると思うよ」 「……Cは、……?」

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