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第7話・始動
その日は珍しく幸せな依頼を受けた。
理人と懇意にしているブランド会社の社長に初孫ができたとのことで、候補の中から俺が名前を選ばせて貰ったのだ。
赤ん坊と、それを抱く母親の写真。それを見た瞬間、俺の周りで柔らかな香りを放つ桜が舞った。写真越しではあるけれど新しい生命エネルギーに触れることができて、涙が出そうになったほどだ。
社長が一枚一枚心を込めて書いてきたという半紙を受け取り、写真とそれぞれの名前をじっくりと見比べ、その中で一番桜の香りが強くなった半紙を社長に差し出した。
将成 。赤ん坊の名前も無事に決まり、社長と理人と俺とでささやかな祝杯をあげたのだ。
「嬉しそうだな煌夜」
「最近しんどいことが多かったので。だいぶ癒されました」
「俺のことも癒してくれるんだろ?」
社長が帰った後で頬に口付けてきた理人を軽く躱し、空になったグラスを流し台へと持って行く。
「冷てえな」
「馬鹿なことを言うからです」
言いながらも頬は熱くなっていた。
理人と気持ちを伝え合って一週間。まだそれしか経っていないのに、キスをした回数は百を越えているかもしれない。殆ど一方的に理人がしてくるから、不意をつかれた俺は毎回こうして赤くなる。
ただ、それだけのキスをしても俺達はまだ一線を越えていない。それに関しては特に決め事がある訳ではなく、単純に理人の仕事が忙しかったというのが理由だ。
「煌夜、今日はもう終わりにして、どっか出掛けるか」
「でも確かこの後、ワインの試飲会があるって」
「俺より味の分かる奴を代わりに行かせるようにした。最近飲みすぎだし肝臓も休ませねえと」
「綺麗なホステスが隣にいないと飲めないですもんね」
毎晩のように接待へ出掛ける理人に皮肉を言ったつもりだが、本人は全く気付いていない様子で「そうだよ!」と俺の肩に腕を回して笑っている。
「煌夜がいねえと美味い酒も不味くなる」
「俺はホステス代わりですか」
「本当はお前を連れ歩きてえけど、俺と行動してたら良くない影響ばっか受けちまうからな。……っていうのは別に、俺が変な場所で遊んでるって意味じゃねえぞ。大人の汚ねえ欲望にお前を触れさせたくないってだけ」
だから、と理人が車のキーを俺に見せる。
「今日は飲まねえ。ちゃんとしたデートしようぜ」
「デートですか。でももう三時だし、今から出掛けたって」
「取り敢えず三時のおやつ食いに行くか」
「行きます」
即答すると笑われた。理人の豪快な笑い方が好きで、俺もつい表情が弛んでしまう。
嬉しいとか、楽しいとか、理人が放つ素直で明るい感情の光。その温かさに触れると、誰でもたちまち笑顔になる。本人は気付いていないが、そんな光を放てる男だからこそ理人の周りには善人が多い。
俺は彼のそういう所が好きだった。笑う理人はいつだって金色に輝いている。
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