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開幕・2

*  2018年12月31日、午後9時40分。  柳田グループの面々やそれに近しい来賓扱いの者達が、それぞれのテーブルでワイングラスを手にしながら優雅に談笑している。  煌夜にとっては居心地の悪い場所だった。一階の一般フロアでは今年最後の激忘年会と称したパーティーが行なわれ、あの日目にした若者達がこの日のために雇われたDJの選曲に踊り、安くてもハイになれる酒をあおり、男女入り乱れ騒いでいるというのに。ここ三階のVIPフロアだけが、まるで異世界のようだった。  着慣れないスーツは理人が新調してくれたものだ。こうして壁際に立っていると、まるで自分もグループのSPになったような気持ちになる。  あまり広い場所ではないから、見渡せばフロア全体を把握できる。今の時間、理人は知らない初老の男と何やら仕事の話をしているらしく、笑い声をあげたり、男に肩を叩かれたりと、「自然に、上手く」やっている。ただ時折こちらに視線を向けてくるから、やはり自分のことが心配なのだろう。  煌夜は一つ小さく息をつき、理人がいる所から少し離れたテーブルで若い男と見つめ合っている柳田悠吾に目を向けた。  ワインを飲みながら熱っぽく語り合っている悠吾と見知らぬ男。煌びやかな照明の下、その二人はまるで本物の恋人同士のようだった。  このまま、何事も起こらず終わればいい。実は全てが杞憂に過ぎず、これはただの忘年会で、リオも旅行か何かでいなくなっただけであり。明日にはしれっと帰って来るのではないか。 「………」  だが、そんなものは妄想に過ぎない。目の前の光景は一見すると和やかな雰囲気だが、その裏では人間の欲望や羨望、妬み嫉み、或いは憎悪が渦巻いているのがよく分かる。誰も彼も、笑顔で語り合いながら肚の中では相手をいつ食おうか、いつ刺そうかと探り合っている。  本音と建前、表と裏、陰と陽。目を閉じればフロア全体の色彩が反転し、嫌な夢を見ているような気分になる。 「煌夜さん、無理せずに」  理人から煌夜の隣にいるよう言われたスタッフの龍司が、一瞬足元をふらつかせた煌夜に囁いた。 「少し休みますか?」 「大丈夫です、すみません」 「何も無く終わるといいですね」  龍司も同じことを思っていたらしい。煌夜は頷き、微かに浮かんだ額の汗を手の甲で拭った。  今の煌夜の仕事は「集中」することだ。フロア内で起こる全てに対して神経を尖らせ、ほんの些細な異変をも見逃さないよう、「第三の目」を開くことだ。  自分にしか出来ないことである。フロアの空気に取り込まれている場合ではない。 「龍司さん。理人と話している女性は誰ですか?」 「あれは確か不動産会社の取締役の新しい奥さんですよ。だいぶ若いけど、……社長が取られないか心配ですか?」 「女性の方も多いのが意外だったので」  煌夜の疑問に、龍司が答えた。 「彼女達はこの後、旦那をここに残して会場を移動するんですよ。婦女会という名のホスト遊びですね。柳田グループの若いイケメン達が社長婦人を接待する訳です」  会場から女がいなくなる時。それが恐らくメインイベントが始まる合図なのだろう。  思った瞬間、煌夜の頭に突如強烈な衝撃が走った。  ――助けて! 「っ……」 「煌夜さん?」

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