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開幕・3
息が乱れ、心臓が早鐘を打ち、体に力が入らなくなる。足を踏ん張っていても見えない何かに地の底へ引きずり込まれるような恐怖が身体中を這いずり、全身から嫌な汗がどっと噴き出てきた。
「大丈夫ですか、煌夜さん」
――助けて。もう嫌だ。誰か助けて!
「……リオ、……」
「え?」
煌夜の脳に直接響く悲痛な叫び。
それは紛れもなくリオの声だった。
「社長呼んできす。待ってて下さい」
慌てて駆け出そうとする龍司のスーツを掴み、煌夜は訴えた。
「大丈夫です。理人には理人の仕事がありますから。……その代わり龍司さん、一つだけ頼みがあります」
こちらを振り返った龍司の目が見開かれる。きっと今の自分は、とんでもなく恐ろしい顔になっているのだろう。
「四階のマスターキーを俺に貸して下さい」
「え、……」
クラブの四階は従業員用となっていて、休憩室やロッカールーム、倉庫、ステージに立つ者の控室、応接室、社長室とその他にも幾つかの部屋がある。
リオの叫びはそのどこかから発せられているようだった。すなわち今この瞬間、クラブに「商品達」が到着したのだ。
煌夜は後ろ手に渡された龍司のカードキーをポケットに忍ばせ、ゆっくりとその場を離れた。
フロア前方でグラスの割れる音がして、何人かの従業員が駆け付ける。理人も、離れた場所では悠吾も、そこにいた大半の者が皆同じ方向に顔を向けていた。
「大変失礼致しました」
破片を片付けながら龍司が言い、多くの人の意識がそこから元へ戻る前に――煌夜は背後の非常口の扉をそっと開け、滑り込むようにして外へ出た。
静まり返った通路を進み、非常階段を上がって四階へ向かう。同じように非常口の扉を押し開ければそこはもう四階だ。煌夜は目を閉じ、リオの声を探った。
「……奥」
幾つもの同じようなドアが並ぶ中、一際禍々しい念を放出している部屋があった。ドアには『第2控室』のプレートが貼られている。
煌夜は慎重に近付き、ドアに耳をあてて中の様子を探った。どうやら中にいるのは一人だけらしい。その時点で、部屋から発せられている禍々しさは残留していたものだと気付く。本人がいないにも関わらずこれほどの念を残して行くとは。こめかみを、汗が伝った。
龍司に借りたカードキーを取り出し、電子ロックを解除する。
勢い良くドアを開けた先にいたのは――
「こっ、煌夜さんっ?」
「リオ、……!」
そこにはリオがいた。紛れもなくリオだった。
緩く巻かれた肩までの髪に化粧を施された顔、薄いレースにフリルが付いた女性用の卑猥な衣装。
リオは「女」になっていた。
「どうして、……どうして煌夜さんが」
「説明は後だ。逃げるぞ、リオ」
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