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開幕・4

 煌夜がその細い腕を掴むと、リオは体を強ばらせてかぶりを振った。 「駄目だよ煌夜さん、そんなことしたってあいつにすぐ捕まる。エレベーターも監視されてるし、ここにいたら駄目だ。煌夜さん早く逃げて!」 「あいつって誰だ、監視役か?」 「リ、リオの……違うっ、俺の調教係みたいな奴」 「一人か」 「一人だけど……」  煌夜はリオの腕を引き、強引に立ち上がらせた。 「とにかくここから出る。理人も、仲間もいる。お前のことは何とかするから、今は従ってくれ」  アイラインとマスカラに縁取られたリオの瞳は潤んでいた。恐怖と絶望の最中に現れた小さな希望、そして大きな安堵。一度会っただけの煌夜が自分のために来てくれたのだ。何も持たず非力な今の自分が、このチャンスに縋らない理由はない。 「わ、分かった。付いてく」  煌夜が裸同然のリオにスーツのジャケットを羽織らせる。リオは自身が被らされていた巻き髪のウィッグを脱ぎ、忌々しげに床へ叩き付けた。  そうして廊下へ出た二人は、ともあれ非常階段を目指す。単純な一本道だ。並んだドアの向こう側を別とすれば、静まり返った廊下に人の気配はない。 「煌夜さん、どうしてリオのこと分かったの」 「國安さんからの依頼だ。いなくなったお前を探して欲しいって」 「國安さんが、……」  リオの手を握って走りながら、煌夜は言った。 「遅くなって済まない。お前が柳田に監禁されていたことは分かってたが、どうしても居場所が掴めなかった」 「……でも来てくれた」  リオの声は震えている。 「……俺は、誰からも、心配されてない、いなくなっても気付かれないから、選ばれたんだと思った」 「自分で思ってる以上に、お前は周りから愛されている」  階段へ続く非常口の扉を開く前に、煌夜はリオを振り返った。 「………」 「煌夜さん?」  扉を前にして、心臓が痛いほど高鳴り始める。煌夜はポケットの中を探りながら、片方の手でリオの手のひらを上に向かせた。 「お前に渡しておくものがある。正直言って、俺は理人と違って殴り合いに自信がない」 「ど、どういうこと?」 「いざとなったら、これを飲んでくれ」  煌夜がリオの手のひらに落としたのは一粒の青いカプセルだった。 「飲み込む前に奥歯で砕くんだ。楽になれる」 「……毒?」 「死にはしない。理人が信頼しているルートから手に入れた物だ」 「じゃあ、俺も信頼する」  力強く頷いたリオが、手の中のカプセルを握りしめた。  煌夜には分かっていた――非常階段は通れない。  リオの部屋に残っていた禍々しい念が、扉の向こうから伝わってくる。

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