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開幕・5

 意を決して扉を開いた瞬間、それまで感じていた禍々しさよりも先に煙草の煙が鼻についた。 「あ……」  煌夜の背中で、言葉を失ったリオが後ずさりする。 「………」 「どこに行くの? リオちゃん、トイレなら部屋にあったよね」  踊り場にしゃがみ込んで煙草を吸っていたのは、黒いTシャツにヒョウ柄のパンツとハットを身に付けた細身の男だった。見た目にはひ弱そうだが、このどす黒い念が男を中心に渦巻いていることを思えば只者ではないことが分かる。それに、煌夜の背後で震えるリオの怯えようは尋常ではない。一体この男に何をされたのか……想像することすら恐ろしい。 「お友達かな? 美人さんだね、初めまして。リオの専属スタイリスト、イーゲルです」 「………」 「リオを何処へ連れてく気? 勝手なことされると困っちゃうな」  煌夜は唇を噛んでイーゲルの作り物めいた顔を見つめた。くだけた話し方とは裏腹に、その目は狡猾な爬虫類の如く爛々と光っている。 「あ、もしかしてリオの恋人かな? 何でここにリオがいるって分かったの? ねえ、ひょっとしてここのクラブ関係者? マスターキー持ってるってことは、そういうこと?」  こちらが何かを言う間もなく、イーゲルが機械のような口調で捲し立てる。 「取り敢えずリオは置いてってよ。――って、リオ。何でウィッグ取ってんの? ダメだよ、トイレ行くにしてもちゃんとした恰好してなきゃ」 「も、もう嫌だ……」  震える声でリオが呟くと、イーゲルがゆっくりと立ち上がり、笑った。 「いいこと考えた。おしっこは我慢してもらって、ステージ立った時に皆さんの前で披露してあげようよ。ド変態なおじさまが多いから、きっと喜ばれるよ」 「嫌だよ……嫌だ、もう嫌だってば……」 「リオ、……」  煌夜は腰の後ろに片手を回し、握りしめられていたリオの拳を指でつついた。その手の中には、今さっき渡したばかりのカプセルがある。 「………」  リオの内部からざわめきが消えた。煌夜の意図を理解し、即座に覚悟を決めたらしい。 「んっ、――!」  膝からくずおれたリオがその場で気を失った。理人が言っていた通り、本当に三秒だ。 「お?」  もちろん、イーゲルには気付かれていない。 「どうしたのリオ、貧血? それとも死んだフリかな。まさか舌噛んで自殺とかやめてよ」  煌夜を無視して、イーゲルがリオの傍らに膝をつく。それから胸元に耳をあて、手首を取り脈を測る。  リオが息をしていることを確認したイーゲルは、今度は煌夜に顔を向けた。 「なあ、どうしてくれんの。大事な商品にさぁ」 「………」 「ほら、起きろリオ。寝たフリしたって無駄だよ」  イーゲルが頬を叩くが、リオは目を覚まさない。耳元で大爆発が起きても気付かないシロモノだと理人が言っていた。当初の予定では柳田悠吾に使うつもりだったが、こうなった以上は仕方がない。 「リオに何かしたでしょ、君。誰の差し金かな。どうでもいいけど、ちょっと軽率すぎるよね」 イーゲルが尻ポケットから「それ」を取り出す。 「誰に楯突いてるか分かってるのかな」 「………」 透明な袋の中で光る注射針を見つめ、煌夜は一つ息を飲んだ。  初めから、いや、イーゲルの念に触れた時から。  煌夜は腹を決めていた。

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