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第9話・焦り

 突然、フロア内にアナウンスが流れ始めた。 〈皆様、大変お待たせ致しました。これより本日のメインイベントを行なうにあたり、我が柳田グループの次期会長、柳田悠吾氏より皆様へのご挨拶をさせて頂きます〉  それまで談笑していた面々がそれぞれの席につき、フロア正面のステージに注目した。  拍手が巻き起こる中、スポットに照らされたステージの中央へ柳田悠吾が進み出る。理人はフロアの後方に立ち、壁に背を付けながらその顔を見つめていた。 「――人間というものは素晴らしい。私は毎日、毎時間、人間が持つ美しさに驚かされている」  人を満たすことができるのは人の力だけだと、悠吾は壇上で熱く語っている。人の心を揺さぶる映画などの物語は人の頭脳から生み出され、人の腹を満たす料理は人の手から作られている。人は人との関わりを魂で感じることにより、日々癒され、満たされ、生きている。  理人は心の中で舌打ちし、尤もらしいことを言っている悠吾を睨みつけた。この話の着地点が見えたからだ。 「私や皆様を含め、この世に生きる全ての人間の欲望というものは尽きることがない。しかし、ほんのひと時の欲望を満たすことが出来れば、それは既に人のために生きるという役割を果たしていることになる」 「………」 「今宵は皆様のひと時の欲望を満たしてくれる、特別な彼らをご紹介致しましょう。どうぞ最後までお楽しみ下さい」  拍手と共に壇上を去る悠吾の元へ、グループの黒服が小走りで駆け寄る。耳元に何かを耳打ちした瞬間、悠吾の表情が険しくなったのを理人は見逃さなかった。 〈只今より、今夜のメインイベントに選ばれた特別ゲストをご紹介致します〉  ステージ上に引きずり出されたのは、詰襟学生服を着た少年だった。それが演出であることは分かっているが首には太い首輪が嵌められていて、首輪から伸びた太い鎖は屈強な黒服が握っている。  スピーカーから無機質なアナウンスの声がゆっくりと響いた。 〈記念すべき一人目のゲストです。ハヤト、十八歳。Aクラス。未通天然物、……〉  身長体重や視力、血液型、出身地、家族構成や趣味特技など、普通に聞いていればどうでもいいようなことまでを事細かに説明している。が、壇上の彼にこの後訪れる運命を思えばその説明さえもおぞましく、理人は眉間に皺を寄せた。  ――悪趣味なクソ共が。  学生服を脱がされ下着一枚となった少年は、鎖を引かれて歩かされながら最後の抵抗とばかりに客席を睨み付けている。その姿は痛々しく、とても見ていられるものではない。  数々の好奇と愉悦の視線に晒されながら、ハヤトがステージの中央へと立たされた。 〈それでは、ご希望のお客様はご入札のコールをお願い致します〉 「二百」 「三百」 「三百五十」  フロアのあちこちから次々と声があがる。開いたタブレットにハヤトの情報をメモしている者もいる。理人の目の前に座っていた二人の男は、「今回はネタが安価なのは良いですね」「でもちょっと子供すぎるなぁ」と笑っていた。聞けば他の席でも手を叩いたり、笑い声があがっている。  ……異質だった。生身の人間の売り買いに関する話を笑いながらしている彼らは、もはや人の目をしていないように思えた。  その時だ。 「七百五十」  フロアの端で手を挙げた白髪の男が最高額をコールした。「七百八十」初めに入札した男がすぐさまそれを上書きする。 「八百です」  おお、と周囲から低い歓声が沸いた。白髪の男は照れたように頭をかいている。  

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